第八話 指名手配される①

 トレイシア貴族学園から脱出した僕は、顔を隠すために黒い外套がいとうに付いているフードを被り、王都内を歩く。


「お母さん! あの人、顔隠しているよ!」


 小さい男の子が僕を指差す。


「見ちゃいけません! ああいう格好している人は外套の下が裸って決まってるの! 近づいちゃ駄目よ!」


 母親と思われる人は子供の両目を手で覆い隠す。


 妙な勘違いをされた。


 フードを被ったことでむしろ目立っている。早く、目立たなさそうな場所に行かなければ。


 僕は王都の中心街から離れ、南にある商業地区へと行く。あそこには飲食店から日用雑貨店まで集うお店がある。人が多そうに思えるが様々な店舗を詰め込んだ場所でもあるため、裏路地ができている。また、今は朝で裏路地に面したお店は、まだ開店していないので人は少ないはずだ。


 僕は商業地区の裏路地に入り込みながら王都を脱出する手段を考える。


 王都から外に出るには南門、東門、西門のどれかを通らなければならない


 中心街から北には貴族の住居と貴族学園があり、さらに北に行くと王城がある。また、中心街から東には居住区があり、そこに魔道教の大聖堂がある。この二か所は絶対に近づいてはいけない場所だ。


「必然的に西門か南門からしか出れない状況だ……」


 僕は歩きながら独りでに呟く。


 今は王都の南側にいるので、当然だが南門が一番近い。問題はどうやって門番の目を掻い潜るかだ。南門の出入り口、そして南門の上から兵士が見張りをしている。そして、何かがあったときのために門の近くには兵士達が滞在している詰所もある。


「明るいうちに脱出するのは難し過ぎる」


 出るにしても生半可なやり方じゃ出れない。それこそ穴を掘って王都を囲む壁を越えるか、人を城壁の上へと射出できるような都合の良い装置がないと駄目だ。


 はしごか投げ縄を調達して夜に脱出するのが妥当かもしれないけど……それまでに放たれているかもしれない追手から身を隠せるのか⁉


「駄目だ……どうせ死ぬかもしれないなら強行突破を……」


 不安で足がすくみそうになる。


 昨日から何度、絶望したか分からない。頭がおかしくなりそうだ。


「くそ……」


 僕は額を片手で押さえながら裏路地から大通りを窺う。


「おい急げ、まだ王都から出ていないはずだ!」


「分かっている!」


 美しい光沢を放つ金属鎧を着て、ハルバートやロングソードを装備した兵士達が大通りを疾駆していたので、僕は物陰に身を潜めて、顔を覗かせる。


 間違いない、あれは王城勤務の兵士だ。


 まだ王都から出ていないはずだ、と言っていた。まさか、僕を探しているのか⁉


 兵士の一人が僕のいる路地裏へと駆け込みそうだったので、僕はその場から離れた。


 ――しばらくして。


 もう貴族学園では授業が始まっているのだろう。


 僕は二人の少女のことを思い出すが、かぶりを振り、先程までいた路地裏へと戻ると、


「なんだろうあれ」


 路地裏の壁には見慣れないものが貼ってあったので視界に入れるために足を運ぶ。


「――なっ⁉」


 僕は唖然とした。そこには僕の顔を載せた手配書があった。



 アルスター家の養子ファル


 国家反逆罪により、生死問わずの指名手配


 賞金額:一〇〇〇万ゼニ―



 ふざけた内容だ。国家反逆罪ってなんだよ。生死問わずってなんだよ。


 国民全員に僕を殺すように仕向けている。賞金額だって犯罪者の中でも最高金額だ。


 ここまでやるのか? 王家傍系が無能の落ちこぼれだからか? 魔道教の教えがそんなに大事なのか? それとも何か他の理由が?


「くっ……僕が何をしたって言うんだ! はぁ…はぁ…!」


 胸を押さえる。呼吸が荒くなってきた。


「話し合いも何もしてくれないじゃないか!」


 僕は目の前の手配書を引き剥がして、投げ捨てる。


「……僕は何をやってるんだ」


 大声を出したため、その場から離れる。


「らしくない」


 ぽつりと呟き、自分に言い聞かせる。


 自分でも情緒がおかしくなってきてるって分かってた。


 生死問わずに一〇〇〇万ゼニ―と指名手配犯されたことで国民全員が怖くなってきて、周辺諸国も魔法王国の息がかかっているから居場所が無いことを思い知って諦観が押し寄せてくるが、今までの頑張りを否定されているようで生きてきたことが否定されているようで悔しくなり怒りが湧いてきた。


 恐怖、諦観、怒り、三つの感情が今の僕を支配していた。


 僕は心の中に潜むドス黒い闇を押さえながら南門の様子を窺おうと、裏路地から南下する。


 そして、道中で


「よし、後でこの荷物を南門から外に運び出すぞ」


 荷車の前で商人らしき男性が作業をしながら、横にいる奥さんと思われる人に声をかけていた。


 荷車には樽が山なりになって積み重なっており、商人らしき男性が樽の上に大きな布を覆い被せていた。


 あれに上手く紛れ込めば、南門から出れるかもしれない。


 僕は呼吸を落ち着かせながら隙を窺った。

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