第18話 魔物女王の受難

「雑魚どもが、吹き飛べ」


 鬼姫瑠璃が巻き上げた炎と共に男たちが宙を舞う。


 複数の敵を前にして鬼の姫は一歩も引かなかった。


 むしろ戦いは完全に一方的である。

 彼女の振るう大金棒に次々となぎ倒されていく。


「その程度か人間ん!? こちとら手負いだぞ。もっと根性見せんかァ!」


「――に、逃げろぉぉおお。殺されるぅうぅぅぅう!!」


「そこに直れぃ! 鬼をコケにした報いを受けよ!」


 瑠璃は次々と男たちを血祭りに上げていった。

 これは彼らが瑠璃を侮ったゆえの惨劇だ。


 瑠璃の見た目は年若い娘。そして彼女の額に生える二本の角は鬼の証。ゆえに男たちは、瑠璃を鬼の子供だと認識した。それは密猟団にとって格好の獲物である。


 男たちは、下卑た笑いを浮かべ近づいた。

 呆れることに無防備にだ。


『――馬鹿どもめ』


 手を伸ばせば届くほどの距離に来た時、最強の鬼である酒呑童子の大金棒が牙を剝いたのだ。


「ひとりめぇ、ふたぁりめぇ!」


 そうして一人また一人と瑠璃の手にかかる。


「う、撃て撃て撃て!」

「クソが、全然効かねぇよォ!」


「さんにんめぇ……、まだだ、妾はまだまだ血に飢えておるぞぉ!」


 瑠璃は男たちをひとりひとり潰していった。

 本当に丁寧にひとりづつだ。


 彼女にとって男たちは虫に等しい。無力な虫ならよかった。だが自分の一族にあだなす不快な害虫だ。手加減をしてやる気はなかった。


「たす、たすけ……ぶぎゃっ」


 最後の一人を土中にめり込ませると、あたりはようやく静かになった。


「瑠璃ちゃん、やりすぎだよ。死なないようにこの人たちの防御も私がしてるんだよ~」


 頭上から声が降ってくる。顔を上げると、宙に浮かぶ固牙の背に腰をかけた詠歌がいた。


 詠歌は戦闘には加わっていない。全体の連絡役とバックアップを担当しているのだ。


 同時に人間たちが死なないようにもしている。殺してしまえば新たな確執が生まれるかもしれない。妖が一旦壊滅した今こそ、大っぴらに事を構えるべきではないというのが、詠歌たちの判断だった。


「リーダーっぽい人もライ信さんが潰したみたい。人質も解放されたし、もう大丈夫かな~」


「そうか……」


 のんきな表情を浮かべる詠歌に瑠璃は険しい目を向けた。


 瑠璃は神剣を腰に下げている。それにより身体の痛みも引き、力がみなぎっていた。呪印解除後の消耗など最初から無かったかのようだ。


 詠歌が寄こした神剣は各々の力を数倍にも引き上げる効果があるのだという。この剣は過去、陰陽師たちが携えていた武器と同じものだった。


 なるほどあれも破軍巫女の術であったかと納得した。


 これは集団を強化するための力。味方に使う術ということだ。


(――つまりこやつ、今は妾のことなど眼中に無いという事。妾がこの剣をもって切りかかるとは欠片も思っておらん)


 鬼は破軍巫女に助けを求めた。それは事実。だが数年前に壮絶な殺し合いを演じた相手であることもまた事実だ。


 瑠璃は詠歌の事を宿敵であると思っていた。


 それなのに、こうも易々と武器を分け力を与える。


 詠歌にはもう自分と戦う意思はない。それが悲しくもあり悔しくもあった。


「まったく、情けない。ほんとうに情けない。……だがこれが力の差か」


「瑠璃ちゃん何かいったー?」


「何もいっとらん!」


 睨みつけながら瑠璃は思う。


(今は助けられてばかりだが、すぐに力を取り戻して貴様に一矢報いてやるぞ。お前は妾の宿敵である。それまでのんきにしておれ。すぐに寝首をかいてやるゾ……)


 そんな瑠璃を見下ろしながら詠歌も思う。


(瑠璃ちゃんすごい気迫だ。強くなったのがうれしいんだよ。やっぱり瑠璃ちゃんは強くなくっちゃね。これからは一緒に戦ったり遊んだりできるねー♪)


 と、どうにもかみ合わない二人であった。


「――時に詠歌よ。陰陽師は近くにおらんのか。人間のメスが首謀者であるはずだ」


「うん。すぐそこに来てるよ。こっちを観察してる。そこの角を超えた先」


「なんと、そういうことは早く言え。……ならば、出迎えねばな」


「瑠璃ちゃんなら不意打ち上等でしょー」


「カッ、ほざけ」


 ずんと大金棒を置き、瑠璃は拳を鳴らす。

 バキバキと少女の外見には似つかわしくない恐ろし気な音が響いた。


「そこな陰陽師よ。我こそが鬼の棟梁、酒呑童子じゃ。逃げも隠れもせぬ。どこからでもかかってくるがいい!!」


    ☆★☆彡


 かかってくるがいい!! 

 ――そう鬼の少女が叫んだのと同時だ。


 魔物女王錦いろはは、配下のファイアドレイクにブレスを命じた。


 ほとばしる炎は瑠璃を容易く飲み込み、周囲を火焔地獄に変える。


 “うおお、いきなり大ブレスぶっぱ”

 “いろはちゃん大丈夫? あれ探索者じゃなかった!?”

 “女の子だったが……”

 “おいおい、配信で殺人とかやめてくれよ……”


「だ、大丈夫~~! 皆には見えなかったかな!? 額に角が付いてたさ。アレは鬼だよ鬼! 魔物さ!」


 配信ドローンに向けて笑顔を振りまきながらも、いろはは焦っていた。


 先行していた密猟団は返り討ちにあったようだ。それどころか、殺されずに捕まっているらしい。さらに自分も今しがた捕捉された。


 酒呑童子。鬼の首領にだ。


 それは先の一大決戦の際、陰陽寮が多数の被害を出した大戦鬼。


 そんなものがこのダンジョンに居るなんて聞いていなかった。先の決戦も修行中であった彼女は参加していない。だがその恐ろしさは嫌というほど聞いている。


「みんな、女の子でも魔物だからね! 気を抜いちゃ駄目だよ! 私だって死んじゃったら困るしさ!」


 さらに配信中なのがまずい。


 酒呑童子は『おしゃべり』だ。戦闘中でも周りの戦意を高揚させるためか、喋りまくるという。であるなら、余計な事を口走られては困る。


 また酒呑童子がいるならば撤退以外に選択肢はないのだが、配信の手前、負け方というものもある。戦闘中の事故を装って配信ドローンを切る。そして撤退。その後陰陽寮に増援を依頼して――、そう思った矢先。


「ぬるい炎である」


 燃え盛っていたはずの炎が散り散りに消える。同時にいろはを突風が襲う。それは瑠璃が放った大金棒の一振りである。攻撃ですらない素振りがブレスのすべてを打ち消した。


「グルルルゥ……」


 いろはのそばに控えるレッドドレイクが威嚇を飛ばした。


「なんじゃお前その目。気に入らんな」


 主人であるいろはの動揺を見て取り、庇うように前に出たのだ。


 ランカーですら苦戦するサイクロップスをも一撃で屠る魔物だ。さすがの酒呑童子であろうと少しは戦えるはずだ。いろははそう思ったのだが。


「お前は殺して良いだろう」


 瞬きの間に酒呑童子が消える。


 どこへ――と思った瞬間、いろはの視界が深紅に染まった。


「へ……?」


 それは血だった。

 生臭く、生ぬるい。大量の血がいろはの顔に降りかかった。


 なんの血――といろはが視線を向けると隣で首を切られた使い魔がいた。赤い竜はその首から、噴水のように血を噴き出していた。


「え、は、今、そっちに――」


「次」


 鬼の姫は無造作に手刀の血を振り払う。レッドドレイクはもう動かない。


「まだ配下のものは居るのであろう? ……ほれ、全員黄泉送りにしてくれる故、けしかけてみよ」


「み、みんな、助けて!」


 いろはの要請に一騎当千の使い魔たちが殺到する。


 それはコカトリスであったり、ストーンゴーレムであったり、巨大蜘蛛タラスクであったり。多種多様であるが、どれも凶悪な外見を持った大型で強力な魔物だ。


 ――だが。


「雑魚じゃ」


 指一本で頭がザクロのようにはじけた。


「ふざけておる」


 目にもとまらない掌底で粉々に砕けた。


「まだ鬼の子の方が強いッ!!」


 仕舞には声に乗せた衝撃波のみで吹き飛ばされた。


「調子に乗りすぎたな」


「は、え、ふあ……」


 使い魔が全滅。

 まさに一瞬のことだった。


 いろは陰陽師としてはすこぶる弱かった。


『服従の呪』にたまたま適正があって、魔物という使い魔にちょうどいい存在がいたからこその今の立場である。


 ひとりで戦う事などできないのだ。


 それどころか、いろはは腰を抜かしていた。鬼姫瑠璃の放つあまりの威圧感に動けない。動けないのは「動けば死ぬ」と本能で理解しているのもある。


 いろはと瑠璃の勝負は一瞬で決着がついた。


 “おい、ヤバいヤバいヤバいって!”

 “いろはちゃんの魔物が全滅……”

 “逃げてー、逃げて―!”

 “なんだこの子、誰なんだよ”

 “ドローン撮れ撮れ! スクープだぞ”


 つまらなそうに鼻を鳴らす瑠璃にドローンが近づいた。視聴者たる人間たちにとって、人気配信者の配信中に急に現れた魔物の娘だ。物珍しいし、関心がある。


「おお、これが“どろーん”じゃな。近くで見るのは初じゃ」


 カメラを向けるドローンに向けて、瑠璃はにやりと笑う。


「人間どもよ、我らはゆえあってこの『阿頼耶識』の奥に住まう鬼じゃ。いい機会であるから申しておこう。鬼はもう逃げぬ。堂々と鬼として貴様らの前に立つ。ダンジョンに挑むならばせいぜい我らに逢わんようせよ。それでも来るというのならば、命を落とす覚悟もしてくるがいい。ああ命乞いは許可する。ならば殺さないでいてやろう」


 次にいろはに視線を移す。

 そこから先は陰陽師に向けての言葉だ。


「太歳殿が言ったのだ『阿頼耶識』は変わると。今までは貴様らの狩場であっただろう。だがここからは戦場だ。来るならば、もっと力を蓄えて来るがいい。上の者に伝えるがいい」


 そして行け、と手を振った。


「……こ、殺さないの」


「今のお前は配信者というやつなのじゃろう。そんなもの殺してどうなる。それにな――」


 瑠璃はちらりと腰の神剣を見た。


「妾らにも事情がある。もう昔のような無差別な殺戮は行わん。しばらくはお前らの遊びに乗ってやる。行け!」


 そう言われて、いろはは逃げた。

 逃がしてくれるならば逃げるまでである。


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