第31話
「来なかったら来なかったで、召喚魔法を使いますわよ。サナエさんのことですから、きっと仕込みがあるのでしょう。ふふふ、楽しみ!」
「おまたっせー!」
ウワサをすれば影とばかりに、藍色のシスターが赤コーナーにゆっくりと現れた。また重たそうなものを魔法で浮かせて運んでいる。なんだろう。
「サナエ特製のぬか漬けでーす!」
「審査員長!」
じいちゃんが抗議すべく手を挙げたが、審査員長な灯さんは「わー!」と感激しているからこっちなんて見てくれていない。
「お屋敷の頃から毎日こねながら熟成させたぬか床と、植物園で収穫したお野菜がベストマッチンぐー」
「おばあちゃん
「懐かしいでしょー?」
こちとら一ヶ月の準備期間しかなかったのに、ばあちゃんったら二年もののぬか床で勝負してきやがった。
そういやぬかってコメだったな。コメを精米するときに出てくる皮とか胚芽とかだから、そりゃあるか!
「じいちゃん!」
「……まだ勝負は始まっとらん」
そうだぜじいちゃん。
ぬか漬けだけで敗色濃厚なわけあるか。
おれとじいちゃんには、この一ヶ月で築き上げてきたクライデ大陸の皆さまとの絆がある。クライデ大陸で採れた野菜や肉たちを、一つの鍋で融合させるなんて贅沢な『寄せ鍋』じゃありませんか。審査員のハートをギュッとつかむぜ。
「アナタも食べる?」
サナエさんがぬか床からキュウリにしてはでかいけどキュウリっぽい野菜を引っ張りあげて、料理スタジオ内のシンクで表面のぬかを流してから切ったものを皿に乗せた。直径がダイコン並みにある。でも断面図はキュウリだ。
「おほほ! 期待通りの味!」
ヒョイっと一枚拾い上げて食べた灯さんの感想、がこれ。灯さん自身は「料理へたくそなのよね」ってよくぼやいているし、三十年以上こっちのクライデ大陸にいて一度も戻れてないんだとしたら三十年ぶりのぬか漬け……。
「いただこうかな」
じいちゃんも一枚食べて「うむ、うまい」とうなずいた。この流れでおれももらっちゃっていいかな? ダメ?
「まだ開始の合図ができてなかったわね。行くわよー!」
おれが取ろうとしたらサナエさんに皿を引っ込められた。ケチ!
「料理対決、開始! カンカーン!」
銅鑼が打ち鳴らされるでもなく、灯さんが口で「カンカーン!」と言ったのが開始の合図らしい。
こっちがああだこうだとやっている間に、じいちゃん対ばあちゃんの料理対決が始まってしまった。おれが手伝いに入る許可は取れている。灯さんに事前に確認してあるから誰も異論はないな?
ヨシ。
「あら、土鍋。土鍋なんて使ってどうするの?」
料理の達人であるサナエさんが、余裕ぶっこいてこっちにちょっかいをかけてくる。おれがコメを洗ってるでしょうが。
「コメを炊くんじゃよ」
「炊飯器じゃなくて?」
クライデ大陸に炊飯器はないじゃんか。クエストであっちこっち行ったおかげで、クライデ大陸の全体的な文明レベルを把握したんよ。
機械類は全くない。車とか電車とか飛行機とか、そういった移動手段は全部『移動魔法』のおかげで必要がない。だから、どこに行っても作っていない。
審査員のうちの一人の働いている『造幣局』でも、彼のような職人が一つ一つ丁寧に紙幣を印刷していた。じいちゃんが気になるって言うから見学させてもらったんだよな。おれは気乗りしなかったけど、お金が作られていく過程を知ることができたのはよかった。大事に使おうって気になったもん。
「昔、早苗が風邪引いたことがあったじゃろ」
「お見舞いに来てくれた、あの時の話?」
「あの時のおかゆは、ワシが作ったんじゃがな」
「……え、『お手伝いさんが作ってくれた』って言ってなかった?」
「桐生家で『男児は厨房に立つべからず』と言われておったからの。お見舞い行ったら、そのお手伝いさんが『一緒に作りまへんか?』と誘ってくれたんじゃよ。だから半分は、そう」
何やら新規エピソードが語られちゃってる。聞いたことないんだけど。じいちゃんがばあちゃんのお見舞いに行った、ってことはまだ同棲する前の話よね?
「じゃから、土鍋でコメを炊くことはできる。水の量を調整すればいいんじゃろ? 鍋に入れるから心持ち少なめがいいかの」
「りんごを切ったのも?」
「りんご?」
「お見舞いの時の……」
「ああ、まあ、工作みたいなものじゃったな」
何十年越しかの答え合わせに、ばあちゃんが赤くなっている。じいちゃんはその『工作みたいなもの』の延長線上として野菜を食べやすい大きさにカットしていく。
「それなら、たまには料理してくれてもよかったのに」
「早苗が作ってくれたほうが、ワシが試行錯誤して作るより美味しいからの。腰も治ったことじゃから、あちらに帰ったら、早苗先生を料理の師として、学ばせてもらおうかの」
「……んもう」
んもう!
ってこっちも言いたいよ!
何なんですかねこの二人ぃ!
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