試される知識

第19話

 おれとじいちゃん、パイモンさん、ライトさんにバエル様――この男の子、母ちゃんにべったりだな――で教会の食堂に横並びで座る。おれとじいちゃんとの向かいに、ステラさんとクレアさんが座り、さっき掃除をしていた修道服の皆さんもやんやと言いながら入ってきて、それぞれの所定の位置に座った。


 みんなが入ってきたのとは別の扉が開いて、。まだクライデ大陸に着いてからそんなに経ってないってのに、なんだかものすんごく遠くに来ちまった気がしてきた。日本がすげー懐かしくなってきたぜ。これがホームシックってやつ?


「本日は、灯様とバエル様がいらっしゃいましたのでぇースペシャルなメニューでおもてなしいたしますわぁー!」


 るんるんとスキップしつつ、寸銅鍋をふよふよと浮かせながら、藍色の修道服のシスターが入ってきた。浮かせているのはたぶん、魔法のおかげ?


「じいちゃん、あの人の〝杖〟はどこにあんの?」

「んん? ああ、おそらくはあの指なしのグローブじゃの」

「そういうのもあるんだ」

「キー坊に渡したバットもよぉく見るとわかるんじゃがな……専用装備を持っていると、そのアイテムが輝くんじゃよ」


 マジか。気になるじゃん。食堂でバット握ってんのはやばいからってんで床に置いといたバットを握ってみる。


「おおぉ」


 じいちゃんの言う通り、ホタルの光ぐらいのよわーい光だけど、うっすらと光っている。すげーじゃん。ナイターで目立っちまう。


「クライデ大陸の魔法は、生命力と直結しておる。キー坊の内なる力に呼応しておるんじゃ」

「あとで磨いてやりたいなあ」

「そうじゃな。それがいい」


 なんだか愛おしく見えてきたぜ。大剣がよかっただなんて言って悪かった。そうだ。名前でも考えよう。


 おれが貴虎キトラでタイガーだから……うーん……トラキチ?


「これからもよろしくな、トラキチ」


 脳内で決めた名前を呼びかけて、床に転がしておく。バットケースに入れてやりたいなあ。ずっと持っているわけにもいかないしよ。


 でも、パイモンさんが野球知らなかったから、野球関連のアイテムなんてどこにも売ってないよな……。デカめの袋に入れて背負うか、剣の鞘っぽいのに入れておくかになんのかな。


でございまぁーす!」

「待ってましたぁ!」


 灯さん、スタンディングオベーション。周りの人たちはきょとんとしている。ご子息なバエル様はなんだか若干引いているようにも見える。


 ないのか、おでん。この世界に。知らないから、なんだろう、ってなっている。おれだって、全然知らない土地でその土地の歴史ある料理名だけ言われても「なんじゃそりゃ」ってなるよ。料理名だけじゃどんなもんかさっぱりわからんもん。


 社会人やってるとさ、出張で国内のいろんなところに行かされるじゃんか。どうせならってんで地元の食堂に入る。仕事だけじゃさびしいだろ。思い出を作っていかないと、もったいない。


 昔っからやっていそうな食堂って、同じ日本のはずなのに、全然知らない言葉が飛び交っていたり、嗅いだことのない美味しそうな匂いがしたりするわけよ。しかも、安くてうまいわけ。コツとしては、注文する前に他のテーブルを見ることだな。他のやつがうまそうに食っているもんはだいたいうまい。


 そんな体験、できるんだろうな、クライデ大陸で。ワクワクしてきちまったぜ。じいちゃんと一緒だから、もし変なもんを頼みそうになったら止めてくれるよな。


「おでんは、北欧神話のオーディンにあやかって付けられた料理名なのであーる!」


 !?!?!?!?!?!?

 明らかに間違っていることを言い出したぞこのシスター!?


「ほぉ、そうじゃったのか」

「じいちゃん!?」


 い、いや、おれは正解を知らないけど!

 けどさ!


「なんじゃ? 違うのか?」

「違うと思う!」


 寸銅鍋を掲げたドヤ顔をジイっと見てみると、おれたちが教会に入った瞬間に「げげっ」とかいう悲鳴をあげて奥に逃げ込んだその人じゃんか。――ということは、まさか。


「まさかとは思いますが、あの方が『サナエ』さんでいらっしゃいます?」


 ちょうど向かいにいらっしゃるじいちゃんのお姉様方に聞いてみる。ステラさんとクレアさんは、聖母のような慈愛に満ちた目で「そうですわ」「サナエよ」と肯定してくれた。


 ばあちゃん……そんな……。

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