第13話


 世の中には『触れてはいけない話題』が四つある。

 政治、宗教、某ロボットアニメ、そして、野球。


 人と人との差異で、ふとした瞬間にスイッチが入り、人間関係が修復不能なまでに破壊されることが多々ある。自分の好きと他人の好きは、必ずしも一致するとは限らない。育ってきた環境が違うから、すれ違っても致し方なしだぜ。


 とはいえ、クライデ大陸こっちの世界では某ロボットアニメは(そもそもテレビがないっぽいから)ないだろうし、パイモンさんが金属バットを見て首を傾げているところから考えて野球もないっぽいし、後ろ二つの話題は問題なさそう。政治と宗教はおれが詳しくないから問題ないぜ。


 と思って、おれはパイモンさんに『野球』のルールを簡単に説明した。


 じいちゃんは「早苗のじゃから」と言って縦縞のユニフォームを着せられていたのを思い出す。早苗はばあちゃんの名前ね。ばあちゃん経由で野球を知っていたから、中学校の一年生で野球部に入ったときもグローブをすんなり買ってもらえたんだった。使い込んでボロボロになったものがおれの部屋にある。


「それは、?」


 思いもよらぬ方向からボールを投げ込んでくるパイモンさん。野球の話題をしてはならないのは、主に「推しの球団が違う者同士の会話は一触即発の事態になる」ってのが理由だけども、根本的な「野球の面白さ」に突っ込んでくるか。


「おれとじいちゃんのいた現代日本では、野球はポピュラーなスポーツで、」


 移動日以外は地上波で放映されている、と続けたかったけどこっちにはテレビがないから伝わりにくいなこれ。異世界人の常識に合わせて喋らないとだ。ええと、魔法を十二歳までの義務教育で習う、って話だし、パイモンさんとじいちゃんはご学友だったっていうから、すなわち学校はあるんだよな? 大学まであるかはさておき。さっきの治癒魔法の専門家の話に戻ると、その手の専門学科の学校はあるんだよな、たぶん。


「学校の授業でもやるから、全国民がルールを知っています」

「なるほど」


 理解してもらえたようだ。おれは椅子から離れて、空いているスペースで金属バットを素振りしてみる。……うん、いい感じ。握り心地も、振った時の感覚も、しっくりくる。


「じいちゃんのことだから『打撃系の武器として使うんじゃよ』ってことじゃあないよな」


 このままこれで相手を殴れ、と言い出すタイプじゃないよ、じいちゃんは。バットの本来の用途である、ボールを打つための道具として使えって話よね。なら、ボールはどうすりゃいいのか。野球が存在しない世界にボールは売られてないよな。当たり前だけど。


「ふむ」


 おれのスイングをあごに指を添えて見ていたパイモンさんが、レイピアを抜いた。びびるおれ。中学ぶりだけども身体がフォームを覚えていて、そこまでおかしな点はなかったってかパイモンさんは野球知らないんだからバットの振り方を知っているわけがない。


「野球で使われるボールの大きさは?」

「だいたい23cmぐらいです」


 だったはず。正確な数字までは思い出せない。こういう時にインターネットがあればすぐに調べられるのになあ。


 パイモンさんがレイピアを構えると、その先端に火が灯った。その火は少しずつ大きくなって、やがて見慣れたボールのサイズにまで成長する。


「ファイアボールじゃんか!」


 そっか! わかったぜじいちゃん!

 


「ふむ。私にもアザゼルの考えがわかってきた」

「場所は変えたほうがいいですね。ボール、飛ぶんで」

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