比渡ヒトリの日野は犬である

笑満史

犬になった日

 彼女――比渡ヒトリはいつもひとりだ。


 彼女の顔はどうだ? それは学内一、いいや、日本一とまで言われる整った顔立ちは学内一キモいおれでも頷くくらいだ。上から目線だが、そういうことだ。




 彼女のスタイルは? それは分からない。見るヒトによればスタイル抜群、見るヒトによれば痩せすぎ、見るヒトによればエロい。そう、彼女のスタイルは想像にお任せする。




 まあ世間一般で言う「綺麗」や「可愛い」というのが彼女の印象なのだろう。外面は分からないが、まぁお嬢様っぽいし汚いものを見ないように過ごしてきたようにとらえられる。




 見た目は学内一もしくは国内一あるいは世界一、内面は分からない。ミステリアスな部分があるってのは女の子の魅力の一つなのだろう。




 その彼女の隣の席に座るおれと言えば……シャンプーの匂いなのかリンスの匂いなのだか分からないが、おれの鼻は良い匂いに侵されてしまっている。


(なにこの良いにほい、まるでおれの鼻はお花に浸食されているようだよ。お願いだからおれを食べて)




 と、おれは彼女をチラチラと見ていた。


 気持ち悪いって? そりゃおれは学内一、いいや世界一キモい男だから仕方ないだろ。自虐ではないぞ、事実だ。キモさで言ったらおれの右に出る者はいない。




「それじゃあ新しいクラスになったから自己紹介してもらう」


 学校あるある、自己紹介って大切だよね。




 と、自己紹介が一通り終わった。


 新しいクラス、新しい人間関係、新しい青春。


 うん、おれには向いていないな。学校は勉強する場所だ、故に新しい勉強にしか興味を持ってはならない。学校の校則って残酷だ。




 人間関係の構築も勉強のうちだ? いいや、おれは将来ニート志望だから人間関係は必要ない。ニートによるニートのためのニート国家を作るのがおれの夢だ。




 と、そんなこんなで休み時間になれば、


「あの、わたしは比渡ヒトリと申します、よろしくお願いします」


 比渡ヒトリがおれに挨拶をしてきた。あの比渡ヒトリがだ。




「はひっ、よろしくお願いしましゅ」


 急なことで戸惑いを隠せないおれだが、大丈夫、気持ち悪がられる準備は出来ていた。




「あの、あなたのお名前は?」


「え? おれの名前?」


「そう、あなたの名前」




 なにこれ、おれに名前訊いてくるとか何? おれのこと好きなのこのひと? もし古代日本だったら恋に落ちてるよ。絶対に好きになっちゃってるやつだからね。てか自己紹介で名前言ったんだけど、もう忘れたの? まぁ仕方ないよね、おれって影薄いから。




「日野陽助です」


 おまえ名前に似つかわしくない性格だって? そりゃあおれは陰キャさ、生まれた時から陰キャだし今でも陰キャだ、性格が変わっていないだけさ。大丈夫、おれは日野陽助だ、今までも気持ち悪がられていたし今後も気持ち悪がられるだろう。慣れたものだぜ。




「よろしく、日野くん」


「よろしく……比渡さん」


「うん、よろしく日野くん」




 と、おれなんかに微笑んでくる比渡ヒトリ。


 あ、ヤバい。これは恋だわ。学校って恋する場所だったんだな。勉強という名の恋をする場所だったのね。人間関係の構築ってマジで大切だわ。




「あの、日野くん、今日の放課後屋上に来てくれない? 話があるの」




 こうしておれは比渡ヒトリに呼び出された。


 たぶん比渡ヒトリの取り巻きの怖い先輩方にボコられる。キモいだの臭いだのなんだの理由をつけられて金を巻き上げられる。


 どうしよう、怖いなぁ、行きたくないなぁ。まだ死にたくないなぁ。




 いいや、もしかしたら愛の告白をされるのかもしれない。




 と、淡い期待を込めながら放課後呼び出された場所に来たおれ。そこには比渡ヒトリがひとりでいた。


 なんだ、怖い先輩は無しか。なら気持ち悪がられてお終いって流れだな。


 つまり、今後学校に来ないでと言われるパターンだ。ははは、それなら言われ慣れているぞ、昔隣の席の女子にお前キモいから学校来るなって言われたことがあるからな。




 さあ、どんと来い! おれのメンタルはダイヤモンドのように傷つかないぞ。砕けはするが、傷はつかないぞ! さあ、来い! おれを罵れ! おれのハートを粉々に砕け!




「急で悪いのだけど、あなたわたしの犬になりなさい」


「え? ――犬?」


「そうよ。あなたはわたしの犬」


 え?




「昔から飼ってみたかったの! 人間という名の犬を!」


「冗談だよね……」


「冗談? わたしが冗談を言うような人間に見えるのかしら?」




「いや、犬になってもいいけど、躾とか大変だよ」


「わたしに指図しないでよ。この駄犬め!」


 こいつクソほど性格悪い奴じゃねぇか。てかもうおれ犬になってるし。




 いやでも悪くないかも。


 あの比渡ヒトリの犬になれる男っておれくらいじゃないか? いいや、おれが一番比渡ヒトリの犬にピッタリじゃないか!




「でも犬は酷くない?」


「犬になったら毎日ご褒美をもらえるわよ」


 マジ? つまり犬がしていい事は何でもしていいの? つまり飼い主の顔ぺろぺろとかしていいの? マジ? なら犬になるわ。




「犬にでもなんでもなります!」


「あらそう。なら今日からあなたはわたしの犬よ。わたしの日野くん」


「はい! 分かりました!」


 とおれは返事をしたが、その返事が不服だったのか。おれは右の頬を叩かれた。




「返事はあおーんよ! この駄犬め!」


「あ……あおーん!」




 この瞬間から、おれの学園生活はある意味終わった。

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