弐 まさかの心霊動画

「──なんつーか、盛り上がりに欠けたっつーの?」


 どこか偉そうに、どかりとソファに腰を下ろしたモッチャンが気怠るい様子でそう呟く。


 〝人肉館〟からの帰り道、そのまま帰宅するのも物足りなかったので、俺達は



松本の市街地まで出てファミレスに寄った。


 皆、各々好みの飲み物をドリンクバーで汲んでくると、モッチャン同様にソファで脱力している。


 確かに〝人肉館〟はちょっと肩透かし感があった……不気味な廃墟には違いないが、建物の規模は小さいし、何より期待していたような心霊現象が微塵もなかったからだ。


 幽霊が見れないまでも、せめて怪音がするとか、少しでも何かあったらもっと盛り上がっただろうに……。


「……ま、暇つぶしにはなったってもんじゃねえの? そうだ! モッチャンの撮ってた動画見ようぜ?」


「そうだな。何か映っちゃったパターンてのもありえるしな」


 そんな雰囲気の中、口を開いたエバラが思い出したかのようにそう言うと、サンロウもそれに賛同して援護射撃をする。


「おーし! んじゃ、心霊動画検証といきますか!」


 二人のその言葉に腑抜けていたモッチャンも気を取り直し、テーブルの真ん中にデジカメを裏返しに置くと、その小さな液晶画面をみんなで覗き込んだ。


〝──これで幽霊とか映ればスゲえよなあ〜〟


 そんなモッチャンの声とともに、懐中電灯の丸い光が、暗闇の中を右往左往する映像が写し出される……。


 ぼんやりと闇に浮かびあがる、薄汚れ、落書きだらけになったた壁や備品の散乱した床……腐ってささくれ、今にも陥没してしまいそうな畳敷の席……素人が撮ったにしては、まるで心霊特番のロケのようによく撮れている。


〝そういやさ、ここってどんな幽霊が出るんだっけ?〟


〝ああ、そう言われてみりゃあ、何が出るかよく知らないよな……やっぱ殺されて食われたやつらの怨霊とか?〟


 暗く不気味な廃墟内を、わちゃわちゃ騒ぎながら進んでゆく俺達……だが、しばらくそれを観ているとすぐに飽きが来てしまう。


 夜の撮影なので色がなく、景色はほとんど白黒に近いようなものだし、視界が悪いためにどこをどう進んでいるものなのか、カメラの画角ではよくわからない。それでなんの霊現象もなければつまらないのも当然だろう。


「なんか、あんまおもしろくねえな……」


 撮影したモッチャン本人からして、そんな感想が思わず口から漏れてしまっている。


〝……お! 冷蔵庫っぽいのがあるぞ? ここに、人肉入れてたのかな?〟


〝さあ、人肉は入ってるかなあ……チッ…空っぽかよ……〟


 それでも、若干の退屈を覚えながらも動画を見続け、大型冷蔵庫を物色している辺りまできた時のことだった。


「ちょっと止めて! 今、なんか変な声入ってなかった?」


 不意にミハラが口を開くと、そんなことを言い出した。


「え? なんも聞こえなかったと思うけど……見直してみるか……」


 そこで、モッチャンが数十秒巻き戻して、その場面をもう一度再生すると、皆してデジカメの方へ各々の耳をそばだてる。


〝さあ、人肉は入ってるかなあ……チッ…空っぽかよ……〟


〝タスケテ……〟


「あっ! 今、女の声したよな!?」


「ああ! 〝助けて〟って言ってる!」


 するとミハラの言う通り、モッチャンがボヤいたすぐ後に、なんだか変な声が入っているように聞こえる。


「もう一度確かめてみよう」


「あ、ああ……」


 サンロウに言われ、モッチャンがまた巻き戻して再生してみるが。


〝タスケテ……〟


 やはり空耳ではなく、意味ありげな女の声は確かに聞こえている。


「マジに声入ってるじゃん! スゲえな! これ、マジもんの心霊現象だぜ!?」


 ここがファミレスであることも忘れ、それにはモンチャンも思わず声をデカくすると、俺達も一気にテンションをアゲアゲにする。


「いや待て! 声だけじゃねえかもしれねえ。もう一度今んとこ見せろ。冷蔵庫ん中だ。よく見てみろ」


「冷蔵庫? なんだよ、冷蔵庫なんか空っぽだっただろ……」


 ところが、俺達のテンションを上げるのはそれだけに止まらない。


 エバラに指摘され、さらに今一度、そのシーンを再生してみると……。


〝おおーい! 店長さ〜ん! 人肉が品切れですよ〜! 仕入れて来てくださ〜い!〟


「……あ! なんか映ってる! 人影?」


 モッチャンの戯言とともに画面に現れる、何もない、銀色をしたステンレス製の冷蔵庫の内部……懐中電灯を反射させるその壁面の隅に、何やら白くぼんやりとした人影のようなものが映り込んでいたのだ。


「白い服着た男だな……手になんか持ってる……包丁か?」


 モッチャンが動画を止めて静止画にし、目を凝らしてそこを見ると、確かにサンロウのいうように見えなくもない。


 包丁を持った白い服の男……コックコートを着て、肉切り包丁を持った店主の姿が容易に想像される。


「もっと映ってるとこがあるかもしんねえ。先も見てみようぜ?」


「お、おお……」


 興奮気味のエバラに促され、モッチャンが再び動画を再生し始める……脱力感から一転、ハイテンションになった俺達はさらに動画鑑賞を続けた。


 すると、俺達の期待通りに人影が他にも映り込んでいる。


〝やっぱなんかつまんねーな……おおーい! 店主でも愛人でも、なんでもいいから出てこいやーっ!〟


「あ、止めて! ここ! 厨房の方にいるよ!」


 目敏くもまたミハラが見つけて動画を巻き戻すと、挑発するモッチャンがまったく気づいていない背後で、厨房へと通じる入口の影から白い人型のものがこちらを覗っている。


 やはり手には包丁を持ち、コックコートを着た男のように見える。


 また、さらに屋上へと移動した後も……。


〝おおーい! 店長さ〜ん! 人肉のジンギスカン、追加で五人前〜!〟


「いた! ここにもいるぞ!? ほら、柱の影!」


 今度は俺が見つけたが、やはりモッチャンが悪ふざけをしているところで、例の「コ」の字型にオーバーハングしたコンクリ柱の影から、包丁を持った白衣の男がこちらをじっと覗き見ている……。


 それは回数を追うにつれて、より鮮明になっていってるかのようにも感じられる……毎回、まるでモッチャンの戯言に呼応するかのようにして、その店主らしき白い人影が映り込んでいるのだ!


 現場では何事も起きていないように思われたが、その実、本当はこれほどまでの霊現象が起きていたのである!


 その後のペンションの方では特に何も見つからなかったものの、これだけ映っていればもう大満足だ。


「……スゲエな。なんもないと思ったけどバッチリ録れてんじゃん!」


 動画を見終わった後、一瞬の沈黙を置いてから俺達は再び色めき立つ。


「これ、テレビ局とか送ったら絶対採用されるんじゃない?」 


「ああ。そうしたら俺達、ヒーローになっちまうんじゃないのお!?」


 当然の流れとして、ミハラがそこに思い至るとモッチャンも明るい未来を妄想する。


 今ならば某チューブやSNSに投稿することをまずは思いつくのだろうが、当時はそんなインフラもなく、個人で気軽に公開することは難しかったのだ。


 また、現在よりもそんなオカルト系の番組も多かったため、やはりテレビ局へ送るのがメジャーな一番の近道だったのである。


 そして、まずは身近な者達にチヤホヤされたくなるのも人間の業というものだ。


「でも、その前にクラスのやつらにもちょっと自慢したいよな」


「だな。よし! 明日これ、学校持ってくから見せびらかしてやろうぜ?」


 俺がそう言うとモッチャンもそれに賛同し、そんな段取をしてからこの夜の肝試しはお開きとなった。

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