人肉館

平中なごん

壱 地元の心霊スポット(一)

 俺の住む長野県松本市には〝人肉館〟と呼ばれる心霊スポットがある。


 地元の人間なら興味のないやつらでも、一度は聞いたことのあるような超有名な心霊スポットだ。


 いかにもキャッチーなおどろおどろしい名前をしているが、もともとはジンギスカンを売物にする、いたって普通の焼肉屋だった建物である。


 その名称の由来としては、経営難から食材の調達に困った店主が殺人を犯してその肉を客に提供していただとか、愛人を殺害してしまい、その遺体を隠すためにバラして焼肉の肉に混ぜていただとかいわれている。


 その他にも経営難を苦に一家心中しただとか、強盗が押し入り一家全員惨殺されただとか、その手の陰惨な噂はまだまだいろいろとある……。


 だが、そんな猟奇的な大事件にも関わらず、全国ネットはおろかローカルなニュースになったこともないし、事実だと話す地元住民に会ったこともない。まあ、おそらくはすべて、後付けの単なる作り話だ。


 経営難で潰れたのはほんとだとしても、店舗の解体にも金がかかるので、そのまま放置して不気味に廃屋化…というのがまあ、おおかたの真相なんだろう。


 一説には〝ジンギスカン〟を食べさせていたことから、それをもじった悪ふざけだとかいう話も……。


 それでも、ここまで心霊スポットとして話題になるということは、きっと、それなりに雰囲気のある場所であるのには違いない。


 真夏のある蒸し暑い夜のこと、当時、けっこうヤンチャな高校生だった俺は、悪い友達四人とともに、その〝人肉館〟へ肝試しに行くことにした──。




 深夜、静かな温泉街にバリバリとエンジン音を響かせながら、俺達五人はいつもの如く、マフラーを弄ったバイクに乗って目的地を目指す。


 〝人肉館〟は浅間温泉という古くからの温泉街の、少し山際に入った場所にある……山間やまあいのせいか、松本の市街地よりは空気がひんやりとしている。


 東京や名古屋なんかに比べればまだマシなんだろうが、松本は盆地だし、昨今の温暖化もあって夏はそれなりに暑い。


 そんな夏の夜に、涼しい夜風を浴びながらバイクを転がすのはなんとも心地が良かった。


 だが、今は使われていない旧何々トンネルだとか、よく聞く心霊スポットのように人里離れた場所にあるわけでもないので、夜のツーリングを楽しむ間もなく俺達はその場所に到着してしまう。


「お、あれだな……」


 お目当ての廃屋は、すぐにわかった。


 バイクを停め、舗装された小道から敷地内の闇に目を凝らしてみれば、あまり意味をなしていない有刺鉄線のバリケードの向こう側に、淡い黄色をしたコンクリの建物がぼんやりと浮かんでいる。


 今のようにSNSや動画サイトはそれほど広まってはおらず、画像でも実物を見たことはなかったのだが、ウワサに聞く外観通りの奇妙な建造物だ。


 〝人肉館〟は、普通の民家や飲食店などとは異なり、その形状が独特である。


 全体がコンクリ吹きっぱなしのような壁面をしており、一階部分は台形、その上に二階というかバーベキューのできる屋上があり、そのための調理場なのか? 「コ」の字のようにオーバーハングした、やはりコンクリの壁が突き出ている。


「なんだ、思ったより大したことねえな」


 俺達の中で一番チョゲているモッチャンが、その姿を遠目に眺めながら少々期待外れというような面持ちでそう呟く。 


 モッチャンは、頭も悪くケンカも強いわけではないのだが、いつも調子こいているチャラいやつだ。


 だが、今のモッチャンの言葉に関していえば、少なからず俺達みんなも思ったことである。


 鉄筋コンクリ建てのせいか、木造の廃墟なんかよりも朽ちてる感が弱く、あまり不気味な感じはしないのだ。


「ま、外側と違って中はスゴイかもしれないからな。とりあえず入ってみようぜ?」


 すると、モッチャンとは対象的に理知的で勉強もできるサンロウが、そう言いながら懐中電灯を点けてバリケードの方へと歩き出す。


 学校の成績はなかなか良いが、見た目はやっぱり俺達の仲間だけあって、イカついガタイに長髪をオールバックにしたマフィアのような風貌をしている。


 ちなみに残りの二人も紹介しておくと、バリバリのヤンキーでケンカっ早いが昔からの親友であるエバラ、一見、おとなしそうだが空手をやってて実は一番ケンカ強いミハラである。


 一方の俺はというと、髪を金に染めて片耳ピアス開けてるくらいの、度胸も腕力もないくせにいっちょまえにツッパって見せている、どこにでもいるような中途半端な不良だった。


「タカロウ、ニッパーある?」


「…ん? ああ、ほらよ」


 しゃがみ込んだサンロウに訊かれ、もちろんそのつもりで持って来ていた俺は鞄からニッパーを取り出すと彼に手渡す……ああ、タカロウというのが俺の仇名だ。


「これくらい開ければ入れるな……さあ、来店と行こうや」


 隙間ありまくりのやる気のないバリケードなので、まあ、強引に入ろうと思えば入れなくもなかったが、張られた有刺鉄線を二、三本切り、広く安全な道が開通すると、少々キザな台詞を口にサンロウが真っ先に入ってゆく。


「なんか、ジンギスカン食いたくなってきたな」


 また、バカなことを言うモッチャンとともに、俺達もその後に続いて建物の方へと向かった。

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