第21話 翔太朗による説得――この数日でわかったパースの本質

 権蔵ごんぞうたちの説得――つまり、この状況を打開する方法というのは、要するに、④班と⑤班とが対等の関係でいたほうが、向こうにとって得だと思わせることである。


 そのためには、権蔵ごんぞうたちを日本に戻りたい派にしてしまうのが、スマートなやり方になるだろう。パースでの永住が最終目標ではなくなる以上、帰還するという同じ志を持った仲間の確保は、焦眉の課題となる。すなわち、⑤班を無下に扱うことは悪手になるのだ。とりもなおさず、そのような間柄であれば、翔太朗しょうたろうたちが帰還の邪魔をするからである。パース脱出の連れ合いに対し、横柄な態度でもって接することは、いざ帰還のためのチケットを手にいれられたとしても、等しく分配される保証がないことを意味している。翔太朗しょうたろうたちが土壇場で主義を翻したとしても、決しておかしくはない。


 無論、権蔵ごんぞうたちの手下という立場上、表立って直接的な妨害こそできないものの、④班を出し抜く機会は、決して見逃さないはずだ。いくら脱出するために、相互の協力が不可欠とはいえ、身近なところに、敵か味方かわからない人材を置いておくのは、余程無頓着な人間でもない限り、じりじりと神経を摩耗する。ここまでいけば、④班がリーダーを気取って圧政を敷く意味など、皆無に等しい。


 その観点に立つと、権蔵ごんぞうが高慢な素振りを見せた時点ですでに、彼らが戻りたくない派である恐れが、十分にあったことになるのだが、これを真司しんじたちが見落としていた点については、事が無事に運びそうで舞い上がっていたのだと、反省せざるをえないだろう。


 閑話休題。

 一見すると、相手の邪魔をするという行為は、パースでの永住にも同じ指摘ができそうだが、実際のところは事情が少し異なる。戻りたくない派にとって、この世界がでたらめなものであることは自明だからだ。ゆえに、調査員同士の紛争も、今日を彩るちょっとしたハプニングにしかなりえない。もしも、そのようには思わない感性の持ち主なのであれば、地球に帰りたいと願っていないことが、甚だ不自然である。ために、パースで暮らそうとする死刑囚の妨害というのは、そうでない立場に比べると、かなり難しい。


 当然、これとは反対に、戻りたい派にとっては、最初からマンパワーが有限となる。貴重な味方同士で剣を交えているようでは、それこそお話にならない。仲間割れは、できるだけ避けなければならない事態だ。


 翻って、肝心なのは、いったいどうやって④班を戻りたい派に、転向させるのかであるが、これについては幸いにも翔太朗しょうたろうに考えがあった。やはり、ここでもキーポイントになるのは、④班の実質的な長たる権蔵ごんぞうの動機だろう。


 説得までのプロセスは単純。

 だが、そこまで思いついていながらも、翔太朗しょうたろうは口を開くのをためらっていた。

 端的に、迷っていたのである。

 ふと、我に返った時、権蔵ごんぞうのような常習犯を、はたして日本に返してしまってもいいものなのかと、疑問に思ったのだ。


 ここまでのアクシデントは、拳斗けんとの暴走しかり、寮雨転蝉タービュローチャーしかりと、どれもが身に迫るものであったため、自分たちの社会的地位を、深く気にしているような余裕はなかった。しかし、ひとたびこうして顧みてしまえば、頼りになる真司しんじといえども、立派な殺人者であることに違いはない。愛娘に会えないという、その境遇にこそ同情しないわけではなかったが、地球への脱出となると、引っかかりを覚えることもまた事実である。


 いくら翔太朗しょうたろう自身が、故郷の足を踏みたいと請い願っていても、無数の犯罪者を引き連れていくのは、正しいことではないのではないか。


「……」


 頭を横に振って、翔太朗しょうたろうは雑念を追いやった。

 善悪について思いを馳せるのは、司法の仕事であるかもしれないが、翔太朗しょうたろうの領域ではない。この調査の報酬――延いては、美咲みさきを幸せにすること。それだけが、翔太朗しょうたろうに残された使命であり、兄としての務めでもある。


 しかして、翔太朗しょうたろうは語り始めていた。


権蔵ごんぞう。悪いが、パースに居座ったって、お前の欲求は満たされない。土台、無理なんだ。酒はともかく、この世界に自動車は存在しない」


 いったい何を言い出すのかと、驚いた様子で真司しんじ翔太朗しょうたろうを見やる。

 それを無視して権蔵ごんぞうに向きなおれば、彼もまた、疑いの視線でもって翔太朗しょうたろうに応えていた。

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