第19話 クソだが、最悪よりはマシな選択肢

 咳払い。

 あからさまな仕草で態度を改めた真司しんじが、権蔵ごんぞうに声をかける。


「なあ、権蔵ごんぞう。俺たちと協力し合わないか?」

「……」


 フランクでありながら、決して礼節を失うほどではない完璧な物腰。

 さすがに真司しんじに任せて正解だったと、翔太朗しょうたろうは一抹の感動さえ覚えたのだが、眼前に佇む男には、響くものが全くなかったようで、権蔵ごんぞうは何も答えない。そんな空気に気を遣ったわけではないのだろうが、弾けるような声音で曜介ようすけが代わりに応じていた。


「仲間になるってことか? い~じゃん! それ、すっごくい~ね。はい、決まり!」

「ちょっと待て、曜介ようすけ。……お前ら、武器はどうした? 『荷物が多いんで置いて来ました』って格好でもねえよな」


 アル中のくせして、ずいぶんと頭がよく回る。

 権蔵ごんぞうが指摘するように、今の翔太朗しょうたろうたちはほとんど無防備だ。川で曜介ようすけを見かけた際、向こうに敵対心が一切見えなかったので、博打ではあったが、竹槍などについてもその場で捨てて来ている。話し合いをしに来たのだから、当然と言えば当然の判断だろう。相手に警戒されるのは得策ではない。


 ましてや、その装備が竹槍に木刀とあっては、貧弱な武具であることを露呈するだけで、およそメリットと呼ぶべきものがなかった。


「……。拳斗けんと毒電波だっバグっていたことについては不問にしよう。お前らのせいじゃねえからな。だが、手ぶらで来たのはお前らの落ち度だろう? 鞄を取りに帰れ。それからなら、話くらいは聞いてやるよ」


 言って、権蔵ごんぞうが虫を追い払うように、乱暴に手を振った。

 さて困ったのは⑤班の面々である。

 本当のことを打ち明けるべきなのかと、翔太朗しょうたろうたちは顔を見合わせていた。

 だが、実情を言わなければ、状況が好転することは決してないだろう。ほかに考える選択肢なぞなかった。


 まもなく、真司しんじが当時のことを再現していた。


「……なくなっていたんだ。パースに来て翌日、俺が落下地点に戻った時には、すでにダッフルバッグがその場から消えていた」


「はっ。じゃあ、何か? お前たちは今の今まで、素手で生活していたってのか」


 鼻で笑うように吹きだす権蔵ごんぞうに対しても、不愉快だが首肯せざるをえない。


拳斗けんとが暴れる前に、真司しんじが確保したサバイバルナイフがある。それだけだな」

「マジか~。⑤班やるな~。俺なら絶望しかけているかも。別に武器くらいよくね~? ないなら、仕方ね~し。権蔵ごんぞうの旦那と二人だけじゃ、やっぱしつまんね~よ。人を増やそうぜ~?」


「ふざけんな、曜介ようすけ。そう言ってフィニアスにも、別れる時に平等に与えちまったじゃねえか。勝手に出ていく野郎なんざ、手ぶらで十分なんだよ」


「だって、あいつは同じ班の仲間っしょ?」


 あっけらかんと曜介ようすけが応じる。

 そんな姿の班員に対して、疎むような視線を送っていた権蔵ごんぞうだったが、いつの間にか話がそれたことに気がついたらしい。翔太朗しょうたろうたちに向きなおると、きっぱりと真司しんじの提案を断っていた。


「……。いずれにしろ、俺たちが武器を分けることはねえよ」

「待ってくれ、チームの人数が増えることは、全員の生存に役立つはずだろう? なにもそれは、俺たちだけが得をするわけじゃない」


 慌てて真司しんじ権蔵ごんぞうに食い下がる。

 だが、向こうの対応は、無論すげないままだ。


「かもな。だが、俺たちに、お前らが本当に武器をなくしたかどうかなんて、確かめられねえだろう? 隠しているだけかもしれねえじゃねえか」


「ふざけないで。装備があるなら、手ぶらでこんなところにまで、のこのことやって来るわけないでしょう? 私たちが靄から逃げるために、バラバラに別れたのを忘れたの?」


 近所をふらっと散歩するような気軽さで、うろちょろできるほどにパースの環境は生易しくない。うっかり鉢合わせないほど、お互いに距離を取ったのだ。他班との接触は難化するのだから、武具を有しているのであれば、必ず持って出歩いているだろう。愛莉あいりの指摘には、さすがに権蔵ごんぞうも言い返せなかったようだ。


「……じゃあ仮に、俺たちが武器を⑤班に融通するとして、お前らは何を見返りとして渡してくれるんだ? あん?」


 そら来た。

 事前に対策を取っておいてよかったと、真司しんじは内心、愛莉あいりに感謝していた。


「情報だな。俺たちがこれまでに遭遇して来た、危険な植物や昆虫についての話ができる」

「はっ、馬鹿か? 手ぶらのお前らで対処できたクゾザコ生物に、いったいどんな注意が必要だってんだよ。おまけにたかだが数種だろう? 話にならん。お前らにできるのは、俺たちの仲間になることじゃねえ。手下・・だ。馬車馬のごとく働け。そうすりゃ、多少の面倒は見てやるよ」


 理路整然とした反駁に、翔太朗しょうたろうは舌打ちをしたい気分に駆られた。

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