カフェ

「で?詳細は?」

 小山カコが神妙な面持ちの仮面を被って、興味津々で前のめりに長谷川カナに近づく。

 平日、ママ友がカフェに集まり、ランチを行う時間帯。

 幼馴染のカコとカナは同い年で、酸いも甘いも一緒に過ごした親友同士であった。

 仕事の休みが合う時は、今日の様にランチをすることが多いのであった。

「それがね、買い物中にイケメンが卵選んでたのね。で、近づいてみたら、卵なのに大地のめぐみっておかしくね?的なことを言ってたの!」

「うんうん」

「で、細かいことが気になっちゃうよねって話から、そんな高い卵買ったら奥さんに怒られません?って聞いたの」

「相変わらずだけど、カナはコミュ力がお化けすぎるわ」

「そしたら、これは私のこだわりなんです。なんていうから、料理男子なの?って聞いてもNo。食材にこだわってるの?もNo。挙句の果てに卵あんまり好きじゃないなんて言うのよ!」

 熱量が下がり切らない。

 ただそれを聞いてカコは少し疑問に思った。

「それは変だね……でもそれで変態って言うのは、ちょっとかわいそうじゃない?」

「違う違う違う」

 カナが首と手を横にブンブン降り、強く否定する。

「え?」

「その後に、たとえ話が始まったの。あなたの旦那さんに卵のお使いを頼んで、高級卵を買ってきたらどうするかって」

「怒っちゃうね」

「でしょ?それが普通であることはその人も理解してるんだけど、その人はあえて高級卵を買っていくんだって」

「え……それって……」

 カコが、仮面をとって苦笑いになる。

「自分から怒られに行ってるってこと」

「変態だね」

「でしょ!?」

「で、どうしたの?」

 カコが真剣な表情で聞く。

「聞いた」

「何を?」

「変態なの?って」

「ワオ」

「そしたら、そう思う人がほとんどですねって」

「ワーオ」

 カコは呆気に取られて、口が開いたまま天井を眺めた。

 しばらくして姿勢を正し、小さく咳払いをする。


 隣の席の女性が怪訝な表情で空を見る。


「世の中にはスーパーヒーローもいれば、仮初のヒーローも変態もいるのね」

 カコは何かを思い出すように目を閉じている。

「え?なになに?スーパーヒーローって?」

 今度はカナが前のめりになった。

「それがね……それこそ、カナが今の話のメールくれた日にサトルと外に出てて、サトルが風船離しちゃって、木にひっかかっちゃって……」

「サトル君、泣いちゃったんじゃない?」

「その通り……でもね」

 カコが目つきを変える。

「現れたのよ。ヒーローが」

 含みを持たせて、わざと焦らすように言う。

「どうなったの?」

 カナも興味津々であった。

「どうしようかとなった時には、飛んでた」

「飛んでた?」

「うん、近くのベンチを踏み台にして、思いっきり風船に向かって飛んで、見事に風船をとってくれたの」

「ヒーローじゃん!」

 カナは現場を想像して興奮する。


 隣の席の女性が、興味深げに聞き耳を立てる。


「着地の時にバランス崩して倒れちゃってたけどね」

「ださ……いけど、確かにヒーローだね」

「でしょ?でもその時に買い物の卵は割れちゃったし、足もひねっちゃったみたいで」


 隣の席の女性が、何かを考えるように思考を巡らせる。


「大丈夫だったの?」

「ええ、その時は気づかなかったんだけど、後日会った時にそうだって知って」

 喉を潤すために、ストローに口を付けていたカナが、驚いてむせ返る。

「え、え、会ったってな、なに!?」


 隣の席の女性が、思考を中断してはっとする。


「待って待って、サトルが気に入っちゃって、今度一緒に遊ぼうって。もちろん、2人じゃなくてもうひと家族も一緒で、決してやましい気持ちもないし、凄くしっかりしてて、家庭のこととかよく理解してて、奥さんのことも大事にしてるし、子供との接し方も好きそうで、良いお父さんって感じで」

 カコが頬を赤らめて、早口でまくし立てる。

 カナは知っていた。旧友であるからこそ知っていた。

 この子はたぶんその人のことを好きになってしまったことを。

「カコ。一線は越えちゃだめだよ」

「わ、わかってる……ってそんなんじゃないってば!」

 カナは特に心配はしていなかった。

 助言はするが、カコがその一線を越える人間でないことをよく知っているからである。


 隣の席の女性が、小さくため息をついてそろそろその場を去ろうと考える。


「ま、そんなヒーローみたいな人がいるならお顔を拝んでみたいけどね」

 カナがふーっとため息のような声をもらす。

「あ、写真あるよ」

「おお」


 隣の席の女性は、気になりつつも席を立ち、レジに向かってカナの後ろを通る。


 カコが携帯の画面をピッチアウトして写真を拡大する。


 画面をカナの方に見せる。


 ちょうど後ろを通った女性が無意識に画面に視線を送る。


 カナはぎょっとした。


 女性もぎょっとして、Uターンして席に着く。


「変態じゃん!」


「え?」


 カコが素っ頓狂な声を上げた。


 隣では頭を抱え、思考を巡らせて、考える、考えるが思考が追い付かない女性。


 春日井カオルの姿がそこにはあった。


 

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