愛しのあの子の家に行こう。

安ころもっち

前編

「あー暇だな」

夏休みのある日、俺は一人つぶやいた。


こうして暇を持て余すのも飽きてきた。早く学校が始まればいいのに……


思えば夏休みに入ってから1週間、ずっと家にこもりっきりの俺は、両親意外とは話をしていない。なんともつまらない毎日だ。


「そうだ!絵里ちゃんの家に行こう!」

俺はもう1週間も会っていない愛しの絵里ちゃんの家へと出かけることを決意した。


思い立ったが吉日。絵里ちゃんは面倒見の良い学級委員の才女。学年でもトップテンに入る俺とも話題が合う。そう、きっと話が合うはずだ。

休みの前にも俺が一人教室を掃除していたら、「ゴミ、そこに落ちてるよ。ちゃんと拾っておいてね」と、そう教えてくれた。俺が見逃してしまったゴミを親切に教えてくれたのだ。


「まあ、俺ぐらいになるとそうやって機会をうかがって、何かと話しかけてくれる子も多いからね」

おれはフフンと鼻歌を歌いがならチェックのYシャツに着替えると、颯爽と家を飛び出した。


外に出るとうだるような熱さに目が回りそうになる。全身から汗が噴き出した。しかしそんな暑さにも俺は負けない。ママチャリにまたがると、風を感じながら絵里ちゃんの家へと走り出した。


「ふう。結構遠いな。でも絵里ちゃんの顔を見ればそんな苦労も吹き飛んじゃうからな!」

そう言いながら、10分ほどで絵里ちゃんの自宅の近くに到着し、ママチャリを止めるとそっと電柱の影から2階の絵里ちゃんの部屋を見守っていた。


「おっ、いた!」

部屋の中に絵里ちゃんが居るのが分かる。勉強中かな?邪魔しちゃ悪いし……このまま俺が見守ってよう。もし居眠りなんてしちゃったら、優しく起こしてあげるのもいかもな。


そう思っていたら、ふとこちらを見た絵里ちゃんと目が合った。俺を見つけて驚く絵里ちゃん。


「まいったな、顔を見たら帰るつもりだったけど……」

俺は絵里ちゃんが家から出てくるのを待った。少しだけおしゃべりしてから帰ろう。そう思った俺だが、絵里ちゃんは中々出てこなかった。

もしかしたら、家族の誰かに「勉強しなさい」なんて言われてるのかもな。そう思った俺は、今日のところはもう帰ろう。そう思ってママチャリにまたがった。


一瞬、絵里ちゃんの悲しむ顔が浮かぶが、まあ仕方ない。また今度会いに行こう。そう思いなおしてママチャリを漕ぐ足に力を入れた。

途中、パトカーとすれ違う。なんだか急いでいるようで赤灯が回っていた。


「なんだ、騒がしいな?事件でもあったかな?まあいい、今日は帰ってネトゲでも嗜むか」

熱さに負けそうになる体に鞭をうち家まで急ぐ俺だった。


翌日、俺はまた暇を持て余していた。


「はあ。まったくやることがない……ネトゲもさすがに昨日10時間ぶっ通しでやったらもう目が限界だな……」

ベットに寝ころびため息をつく。


「あ!そうだ、悠衣子ちゃんの家へ行こう!」

ソフトボール部の4番でその引き締まった体と凛々しいん顔で人気の悠衣子ちゃん。俺も放課後グランドで汗を流す彼女を見て、ひそかな恋心を抱いていたのかもしれない。

そんな彼女も「練習に忙しいから」と言われて放課後の掃除当番を変わってあげていた俺。教室を出る時には「んじゃよろしくー」とお礼を言ってくれる彼女。


俺の方は練習を頑張る彼女へをご褒美代わりにと引き受けたのだが、彼女はそんな俺に恥ずかしかったのかさらっとした態度でお礼を言ってくる。諸葛ツンデレというやつだろう。

まあそうはいっても表情でわかっちゃうんだよね。俺はそういう思いに敏感なほうだからね。


そんな過去を思い出しながら、俺は黒いリュックを背負い、ママチャリにまたがった。


今日は少し涼しいな。


薄曇りの中、俺は悠衣子の家までペダルを漕いだ。

涼しいと言ってもやはり湿気も凄い。また全身汗だくだ。まあいいダイエットになるかな?夏休みに入って不摂生な生活をつづけた俺は、少しだけ体重が増えているのを感じている。


まあ少しぐらい肉付きが良い方が女性も好きだろう。そんなことを考えている間に、悠衣子ちゃんの家の近くにママチャリを止めた。

そしてリュックからダイエットコーラを取り出し、ぐいっと喉を潤しながらも目線をその家へと向けると……


「あっ!悠衣子ちゃん!」

彼女は家の前の庭で黙々とバットを振っていた。


「おっと!これじゃ邪魔はできないな!」

そう思った俺は、見つからないように「頑張れ」と拳を握り応援していた。スイングするたびに大きく揺れる胸に少しだけ頬を染めながら……


「あ、あの……家に何か用ですか?」

「ひゃふっ!」

俺は突然かけられた後ろからの声に驚いてしまう。


振り返った俺は、悠衣子ちゃんの母親が心配そうにこちらを見ているのを確認した。きっと全身汗だくな俺を見て心配してしまったのだろう。


「い、いえ……だ、大丈夫でひゅ」

そういって俺は心配させないよう、ママチャリにまたがるとペダルへと力を入れていく。


「ちょっと!待ちなさい!」

悠衣子ちゃんの母親からは俺を引き留めようと懇願する声が聞こえたが、あまり気を遣わせては申し訳ない。振り返らずに真っすぐと家まで戻る帰り道、俺はもう一度心の中で「頑張れ」と悠衣子ちゃんの努力を応援していた。

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