第58話 砂漠の宝石

「……なんだ、そりゃ」

『うーん、なんて言うのかな』


私の今の姿は、顔の見えない白ローブ姿だ。


しかしこの姿はあくまで幻影。都合のいい隠形のために最適な姿をしているだけだ。


では、その状態から“戦闘”に適した状態に移行するとどうなるだろう。


『変身ってやつ?』


答えはこうだ。


ローブの裾が炎で焼けこげ、絶えず燃えていた。

解放した竜脈は風を生んで、燃えながらも決して焼失することない白い布をはためかせている。


背中からは、二対の翼が生えていた。


体を覆い隠すほどに巨大な竜の翼。


そして、暗闇に覆われたフードの中から禍々しく生える二本のツノ。


竜角……ではない。それはどちらかと言えば、山羊のように湾曲した、悪魔じみたツノだった。


腰から伸びるのは、太く、先が鋭利に尖った尻尾。


もしフードが外れて貌が顕になれば、きっと、私の目は猫のように縦長の瞳孔になっているだろう。


この姿の時の私は、竜に変身した時と同等の出力を発揮できる。


竜になると、どうしても屋内なんかじゃ体が大きくて動きづらいからね。人間大のまま竜と同じような力が使えるというのは大きなメリットだ。


だけど、その分消耗は激しい。長いことこの変身は持続させられない。


だから……。


『早く済ませよう』

「ッ!」


ここは少し狭いから。


とりあえずは場所を変えよう。


「うあっ!?」


私はカズミちゃんの襟首を掴んで、地面を蹴った。


瞬間、足裏から放たれる閃光。爆発。


狭い通路に作る“風の道”。


空気圧によって生み出される推進力は、私が移動することによって生まれる衝撃波が周囲に大きな被害を与えることがないよう、ギリギリ音速を越えない程度に抑える。


しばし飛行し、私はドアをぶち破りながらとある一室の中に飛び込んだ。


「ぐぁっ!」


その勢いのままに、私はカズミちゃんを離した。


ゴロゴロと地面を転がるカズミちゃんだが、転がしたのは砂場の上だ。


「……外?」

『そうだよ』

「なんで……」


周囲に広がっていたのは……荒涼の砂漠だ。

砂塵が巻き上がり、空からは強い日照りが照りつけている。


「……どういうことだよ」


カズミちゃんは歯を食いしばりながら、空に浮上して彼女を見下ろす私を睨みつけた。


瞬間移動はそう難しいことじゃない。


メニューからマップを開いて目的地を選択すれば、今どき転移などは簡単に実行される。


「……ここでなら全力出せるってことかよ」

『そういうこと』


そしてそれはカズミちゃんにとっても同じことなはずだ。


『お互い、あのままじゃ息苦しかったでしょ?』


そう言うと、カズミちゃんが獰猛に笑った。


獣のような、凶悪で最高に可愛い笑顔だ。


「……そうだなァ!!」


カズミちゃんが地面に両手を付く。


──ピシリ。


砂漠に亀裂が入る。


ピシッ、ピシ!!


そして、流動するはずの砂の地面が“割れた”。


「“土砂竜”!!」


割れた地面の中から姿を現したのは、巨大な砂の竜の頭部を纏った拳。砂で出来た、しかし明らかに素材以上の硬度を持っているように見える即席のガントレットには、所々に血の色の赤が混じっている。


なるほど、血を操って、付着した砂を巻き込んで竜の顎に成形したわけか。


……そんなことできたの!?


「死ね!!」


カズミちゃんが地面を蹴って、直上の私に向かってまっすぐ殴りかかってくる。


今までになく素直で、単純で、安直な動きだ。


避けるのも逸らすのも簡単だろう。そうすれば彼女はただ落ちるだけ。そこを突けばなんの苦労もなく私は勝てる。


しかしカズミちゃんは言った。全力を出せと。


そのためにわざわざこんな場所まで来たのに、その決着が無防備な彼女を後ろから刺すじゃつまらない。


私は、右腕を真横に掲げた。


その腕に、私の中に存在する竜脈を……いや。


周囲に漂っている野生の竜脈すらも利用して。


集めて、集めて、集めていく。


周囲から集積される竜脈は、その密度を増して帯となって宙を漂う。


「──すげぇ」


やっていることは多分、カズミちゃんとそう変わらない。


ただし私の場合、優秀な補佐役と頑丈なこの体のおかげで集まった力の総量ははきっと。


世界を滅ぼす力を持っている。


私の右腕に顕現したのは、白い……真っ白な竜だ。


九つの首。三対の翼。空を覆い尽くすほどの、山のような巨体。


この世界におけるラスボス。その一時的な顕現。


お願いね、ハルちゃん。


《ポジティブ。“ホワイトドラゴン”の一部機能を解放します》


さぁカズミちゃん。これが私の今の全力だ。


『耐えてね』

「……ったりめぇだろぉ!!」


九つの首が、その顎門を一斉に開いた。


腕を迫り来るカズミちゃんに、照準を合わせた。


『“ダイヤモンド・レクイエム”』


白銀の輝きが、視界を真っ白に染め上げた。


──その日、ある東方の砂漠地帯に住んでいた民族がこう証言した。


“砂漠に宝石の柱が立った”と。



『……うーん』


私は地面に降り立ち、その“惨状”を見つめた。


……私の眼前に出来ていたのは、なんというのか。


『すっごいキラキラしてる』


《アンサー。周囲の地形が、同志様の手により性質変化致しました》


私のせいと?


まぁ、私のせいだな。


……砂丘のど真ん中に立った、“宝石の柱”。


これは“竜角散”における超凶悪な状態異常の一つで“宝石化”と言う。


一部シナリオボスが、体力が減ると大技として撃ってくる即死攻撃。この状態異常にかかった場合、その時点でキャラロスト。死亡扱いとなり治療法は存在しない。


救済措置なのかなんなのかわからんが戦闘終了時に大金が手に入るという副次効果があるが、どう見ても砕いて売ったとしか解釈できないその仕様に竜角散製作陣のイカレっぷりを象徴しているだろう。


“ダイヤモンドブレス”もその宝石化を引き起こす技の一つ。


……しかし、まさか人間だけじゃなく地形まで変化させるとは。


宝石の柱に取り込まれて、オブジェと化したカズミちゃんには申し訳ないばかりだ。


しかし安心して欲しい。私だって考えなしに即死攻撃をブッパしたわけじゃないのだ。


私はカズミちゃんに触れ、慎重に。欠けないようにその顔に触れた。


よし、戻して。ハルちゃん。


《ポジティブ》


と、私の手から放たれるほんのりと暖かい光。


その光に当てられたカズミちゃんの顔が……少しずつ。元の肌色を取り戻していく。


やがてその変化は顔全体、上半身、下半身と広がっていき……。


パキ、と音を立てて。彼女は元に戻った。


戻った、のだが……。


『マッパじゃん』


カズミちゃんは裸だった。


《アンサー。個体名“カズミ”の全身をモザイク処理しますか?》


えっ、いや。……えー?……うーん……。


……お願いします。


《ポジティブ》


カズミちゃんの体にA◯みたいな処置が施された。


なんかもっとダメになった気がする。


「……」


だけど、カズミちゃんは気を失っているようだ。


今のうちにどっかで服を着せて、安全な場所に寝かしておくとしよう。


『……しかし』


どうしようかな。このキラキラ。


《アンサー。周囲に建築物はなく、人的被害も除いて生じていないため放置していても問題はないと思われます》


そうかな……そうかも。


例えこの辺りの近隣住民が宝石で一財産築いたとしても、それは私には関係ない話だ。好きに持っていけばいい。


宝石化は変質後からそんなに時間が経ってなければ元に戻せるけど、カズミちゃん以外の宝石は戻してもただの砂に戻るだけだ。


そんな勿体無いことせずとも、宝石はいつの間にかすっかり消えてしまうことだろう。


それが竜によるものか、人によるものか。あるいは神によるものかなんて、きっと誰も気にしないんだから。

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