07話「大怪獣トロール登場」だべ

翌日また『あの男』に呼ばれて教会に出向いた。

「オークライダー?」

仮面かぶってベルトしてるアレかな?


「狼に乗ったオークの戦士ですよ」

ボルゲルが無表情にツッコんでくる。


「オークって、あの獣人ぽいヤツらか?」

「オークは人間ですよ。人間やエルフに魔物を交配させて造られた戦闘用ハイブリッド人造魔人です」

うゲッ!悪の組織の改造人間やん。


そういやゴモンさんもそんな話をしてたな。獣王国の女王が怒っているとか。

なぜ獣王国の女王が怒るのかは謎だが。


「やはり悪魔たちがオークを造ってるんだべか?」


ゴモンさんが鋭い目でこちらを見た。

「オークを造(つく)り出しているのは人間たちですよ」

「え?そうなの?」

「北の魔導士(まどうし)たちが人間やエルフを捕えて魔物と交配させ自分の奴隷(どれい)にしているのです」


そりゃ酷(ひで)ぇな、むしろオークも被害者なんじゃねぇかな。


「なぁボルゲル、魔導士(まどうし)って何だべ?」

「古代悪魔(こだいあくま)を崇拝(すうはい)する魔術使いたちですよ。1000年前の魔族討伐(まぞくとうばつ)戦争では、悪魔王と共に魔導士(まどうし)たちも『黄金の翼の戦士』によって討伐(とうばつ)されました。そのあと魔導士(まどうし)の残党は北方に逃(のが)れたと聞きましたが、アイツらまだ懲(こり)ずに世界征服ごっこをやってたんですねぇ」


そりゃまたずいぶん古い話だなぁ。

しかし『黄金の翼の戦士』か。

悪魔を殲滅(せんめつ)するなんてスゲぇな…同じ勇者なのに俺とはずいぶん違うな。名前もカッコイイし、きっと正義の戦士なんだろう。


若いエリート神官が、いつになく真面目な顔をしている。

「古代(こだい)悪魔崇拝(あくますうはい)は教会としても見過ごせませんね。この悪業(あくぎょう)いずれは悪魔王を蘇(よみがえ)らせる結果になるでしょう」


ゴモンさんが頷(うなず)く。

「我々も女王から勇者の魔導士(まどうし)ど も討伐(とうばつ)作戦に参加せよとの勅(ちょく)を承(うけたま)わっております」


やはり獣人の国は女王国なのか。

強靭(きょうじん)な獣人たちを統(す)べる獣王国の女王…どんな女性だろう?

俺はなんとなくドレスを着たムキムキマッチョなライオン丸を想像したが。怖いからあまり会いたく無いな。


『誰が!ムキムキライオン丸じゃ!!』

頭の中で「あの声」の怒号が響いた。

すいません。

いやなんで怒っているのか?…


若い神官が地図を指す。

「この件に関しては北方諸侯(ほっぽうしょこう)たちの領地に軍を送る事になるので、他国の軍を参加させる事はできません。

教皇庁の聖戦の名のもとに、教皇庁傭兵隊の本軍と我々ギルドの冒険者だけで悪魔崇拝者(あくますうはいしゃ)たちを討伐(とうばつ)します」


ええ?できるのか?冒険者ギルドだけで?

教皇庁の下部組織とはいえ、半分民間団体だろ。

あのオークと狼の軍勢だけでも人間たちにはかなりのハンデな上に、今度は悪魔系の魔法使いまでいる。

それに俺も魔法使いと戦うのは初めてだ。

あの緑髪のエルフのお姉さんや赤ずきんちゃんみたいな魔法を使われたら、どうやって戦うのかすら想像がつかない。


若い神官がハゲ隊長さんに目線を送る。

「ジャクス、今動かせる人数は?」

「はい、動員かけて300人、すぐ戦闘できるのは120人ほどでしょう」

「少ないですね」

若い神官は地図に目を落とした。


ハゲ隊長さんが書類を指しながら報告する

「本庁からの援軍が2000人、ギルドで召集をかければさらに200人、それまで待つべきかと」


フォールが険(けわ)しい表情でいう

「待つのは得策(とくさく)ではありません。北方や砦(とりで)に出現しはじめた恐竜も、おそらく悪魔復活に無関係では無いでしょう」


恐竜か…アイツは面倒だな。


フォールは続ける。

「敵は近いうちに来ます。

我々の悪魔討伐(あくまとうばつ)軍がこの砦(とりで)に集結する事を察知した敵は、先手を打ってここに奇襲をかけて来るはずです。

ならば敵をこの砦に引き付けて、ここで迎え撃つのがよろしいかと」


ハゲ隊長のジャクスさんが疑問を投げかける。

「しかしフォール…元隊長…さん。なぜ相手がここに攻めて来ると言い切れるんだ?」


ボルゲルが菓子をほおばりながら口を挟んだ

「それはここの地形が難所(なんしょ)だからですよ。

西は大森林、東は断崖絶壁(だんがいぜっぺき)下は谷。峠側は九十九折り(つづら折り)の細い道。

視界も悪いし足場も悪い。

そんな地形では正規軍の騎馬隊(きばたい)や戦車部隊を大規模展開(だいきぼてんかい)できません。

ところが獣人や魔獣にしてみればこの砦の周囲の森林難所こそ、有利な地形なのです」


「え?な…??」ハゲ隊長さんが驚く。


意外な人物からの指摘(してき)に会議室に居並ぶ戦士長たちがざわついたが、フォールだけがニヤリと笑った。


「そう、我々人間には不利で、魔獣には圧倒的に有利という事です。

おそらく次に来るのは魔獣の大軍勢です」

元レンジャー隊長のフォールの一言にジャクス隊長はじめ会場が静まり返った。


ボルゲルが菓子をかじりながら続ける。

「太公望(たいこうぼう)曰(いわく)

大水(たいすい)、広塹(こうざん)、深坑(しんこう)は、敵人(てきじん)の守らざる所なり…と。

つまりこのような大河や深い谷などの難所は一見(いっけん)防御力が高いように見えますが、その様な地形ほど守備にかける人数もまた少なくなってしまうものなのです。

だから森や谷を自由に渡れるゲリラ戦主体の魔獣から見れば、この砦(とりで)は狙い目なのです」


「…なるほど…」ハゲ隊長ジャクスが言葉に詰まる。

他の戦士長たちも唖然(あぜん)と見ている。


ボルゲルの野郎、素人のくせに、また適当な事を言って本職の兵隊さんたちを煙に巻いていやがるな。

まぁいい、今回は大いにやれ。


ハゲ隊長のジャクスさんが冷や汗をかきながらボルゲルに質問してくる。

「し、しかし相手がどの方面から攻めて来るのか分からない。どうやって敵の国を見分ければいい?」


ボルゲルがお茶を飲みながらつぶやく。

「北方諸侯(ほっぽうしょこう)に悪魔討伐の招集をかければ良いではないでしょうか?

返事をせずに一番早く動き始めた国が犯人です」


「あ…………そうか」

ハゲ隊長さんは思わずつぶやいた。


「ははは、決まりですね」例の若い神官がうなずきながら爽(さわ)やかな笑顔で答える。

「いいでしょう。北方に大規模な招集をかける様に本庁に指示してきましょう。

教皇様の御名(みな)において大々的に宣伝してね」


(うわ、この人教皇を動かせちゃうんだ)


エリート神官はハゲの隊長に目配せした。

ジャクス隊長は立ち上がり「これより教皇聖下(きょうこうせいか)の御名(ぎょめい)において聖戦開始の詔(みことのり)が発せられる次第(しだい)となった!

各隊、三日で準備を済ませ!以上!解散」


男たちは一斉に立ち上がり、鬨(とき)の声が湧(わき)き上がった。いよいよ決戦の始まりだ。


「ゴモンさんも一緒に戦うだか?」

「もちろんです。ぜひ勇者ベロンの戦いを見てみたいですね」

ひょっとしてゴモンの狙いは俺なのではないか。そんな気がした。

だとしたら、それを指示をしているのは獣王国の女王…?


数日後

教皇聖下(きょうこうせいか)から悪魔討伐の勅令(ちょくれい)が出された。

武具や食糧など大量の物資を積んだ荷駄馬(にだ)が行列をなして坂道を登って来る。


さらに近隣に配置されていたギルドの探索(たんさく)部隊の男女が続々と砦に合流して来るのが見える。

皆、冒険者であり、昔フォールが教導(きょうどう)した一流のレンジャーたちだ。

うわ、女性兵士なんて初めて見たよ、カッコイイな。派手な民族衣装を着ている戦士もいるが、アストロ球団と戦ったマサイ族だろうか?


フォールに誘われて俺とボルゲルは櫓(やぐら)に登った。もっとも、俺とボルゲルの二人とも怪力ザーグに担(かつい)で登ってもらったんだけどな!…すいません。


上から見ると砦(とりで)が兵士であふれかえってるのは壮観(そうかん)だな。

これに教皇庁からの本隊が到着すれば相当な数になる。


ボルゲルはニコニコしながらいう

「こんな狭い土地に大量の兵士が集まるとは、軍学では最悪の状況ですね〜」

「んだな」

というかお前いつから軍学者になった。


フォールがこちらに向き直る

「そう、二ヶ月前ならば最悪の状況になっていたでしょう。

そして敵はそれを知らずにエサに食い付きに来るとも言えます」

フォールはニヤリと微笑んだ。


この二ヶ月で状況は全く変わった。

水はトンネルから自然に給水され、温度管理ができるトンネルには膨大な食糧の備蓄(びちく)も可能になった。

以前は教会の地下墓所(カタコンベ)まで倉庫や宿舎代わりに使っていたらしいが微々たるものだ。今は必要無い。

俺のドワーフ式トンネル群は一万人の軍勢でも収容し、活動できる大要塞となっていた。


だがそれを知らない敵から見れば、我々は狭い峠の上に集結したバカな烏合(うごう)の衆に見えるだろう。

つまり敵は「今がチャンスだ」と考える。

そこがこの作戦のポイントだ。


さて「あのエリート神官」から聖堂に集合との指示が来た。

中に入るとすでに敬虔(けいけん)な祈りの場は、むさいオッさんたちの作戦会議室に様(さま)変わりして、各地の隊長クラスが着席していた。


今回はエリート神官の横に青い鎧の騎士と、お人形を抱いた赤ずきんちゃんも来ている。

あの美人エルフのお姉さんは…居ないか…残念。

しかしあの『最強兵器の赤ずきんちゃん』が来たという事は、教皇庁も本気のようだ。


会議が始まると、まず、ゴモンさんが報告する。

「動きがありました、バリル国です」


ハゲ隊長のジャクスさんが声を上げた。

「すぐ近くじゃないか!」


ゴモンさんは続けた。

「現況では北方各所より大量のオークライダーがものすごい速度で集結しています」


会場がザワついた。

フォールが地図を指でたどる

「バリル国からなら、おそらく西側の峠から直接来るはずですね。ならばトンネルの北西の迂回路(うかいろ)を使えば敵の背後に回り込めます」


なるほど挟撃(はさみうち)か。


「まだ不足ですね」ボルゲルが峠の地図を指差しながらまた横から余計な口を挟む。

「敵を『前・中・後』の三軍(さんぐん)に分けます」

ボルゲルは峠の地図を指で三つの丸に分けた。

「敵の『前軍』を、あえて砦の中へ誘い込み、村に隠しておいた伏兵を使い迎え撃ちます。

前軍が砦の内部に突入するのを見た『中軍』もまた、自分たちも推し進もうと前進します。

その時、山上に配した伏兵(ふくへい)が横から派手に暴れて混乱させ、中軍の足を止めます。

 そのスキに本隊は迂回(うかい)トンネルを抜けて敵の背後に回り込んで『後軍』を攻め潰します」


お前また適当なデタラメを…


「それで行きましょう」フォールが相槌(あいづち)を打った。


イイのかよ!まぁしゃあない。ボルゲルのデタラメは俺がなんとかホローしてやろう。


「エヘン!なら、この峠の九十九折り(つづら折り)で俺たちが『中軍』と『後軍』を分断するだべ。

『前軍』は可能な限り砦(とりで)の内部に敵を誘寄(おびきよせ)村の中に掘った堀割(ほりわり)で誘導して罠に誘い込むだ。

中軍の魔導士(まどうし)本隊は俺とレンジャーで叩き潰してやる」


こんな事もあろうかと、村の中は迷路の様になっており、落とし穴や堀割(ほりわり)、行き止まり、塹壕など、数々の罠(トラップ)を作っておいた。

これにより敵は奥に進むほど身動きが取れなくなる…と、ボルゲルが言ってた。

いや、掘ったのは俺だけどな!


若い神官が笑顔で答えた。

「今回はゴーレムが居ますので前軍はお任せください。村の中で一網打尽(いちもうだじん)にします」

赤ずきんちゃんは人形を抱えてニコニコしている。この子が最強戦力とはね。

しかしあのお人形は俺を見ると手を振ってくるのだが、いったいどういう魔法なのだろうか?

というかなぜ俺だけに反応する?


ハゲのジャクス隊長が少し困惑した顔をして俺に聞いて来た。

「しかしベロンさん、どうやって九十九折(つづらおり)の上へ行くんです?」


「それなら問題ありません」ゴモンさんが鋭い目を向けた

「勇者ベロンは垂直の崖を自在に移動できます。我々も上から援護します」


ゴモンさんの発言にハゲのジャクス隊長がうなずいた。

「いいでしょう。それで迎え撃ちます。では今から各隊の持ち場を割り振る」

作戦会議が開始された。


夜もふけて来た。

月が欠けている。

薄暗い月明かりの中で、俺は鳶口(とびくち)を使って裏山の断崖絶壁をスルスルと登り、フォールが指揮するレンジャー隊10名を引き上げる、

彼らは選りすぐりの精兵だ。それと怪力ザーグ。この作戦にはザーグが重要な役目になる。

さらにドワーフの火酒を詰めた酒樽(さかだる)と、作戦の発案者のボルゲル。


レンジャーたちは山の上を音も無く進んで行く。早い!

ザーグは樽(たる)を6つ、ロープで結んで背中と両肩に担いで軽々と走っている。

「スゲぇな!お前ぇ」

「姐(あね)さん、これ、姐(あね)さんに教えてもらった『垣根(かきね)結び』で縛(しば)ったんでさあ」

泣かせるじゃねぇか。

だがなザーグ、それは『俵(たわら)結び』だ。


峠のつづら折りの上に出た。

下は絶壁だ。

俺たちは山上で待ち構えた。

敵の本隊が峠の中腹(ちゅうふく)まで差しかかったら、レンジャーたちが山上から駆け降りて敵の横腹へ斬込(きりこむ)作戦だ。

田原坂(たばるざか)の抜刀隊(ばっとうたい)みたいだな。

まぁ俺は斧だけど。


これがもし新月(しんげつ)に魔獣の軍勢に攻めて来られたら厄介(やっかい)だっただろう。

だが敵はボルゲルの策略(さくりゃく)のおかげで急遽(きゅうきょ)こちらを攻めざるを得なくなったからな。

ボルゲルのやつのデタラメがまさか役に立つとはな!


欠けた月がだいぶ高く昇っている。

はるか遠方の峠の曲がり角でカンテラを振る灯(あかり)が見える。ゴモンさんからの合図だ。

こちらからだとカーブになって敵が見えないが、敵もまた俺たちを見えない。

しかしゴモンさん達は俺たちより早く、どうやってあんな遠くに行ったのだろう?

獣人の身体能力には驚かされる。


「見えました」

フォールが声をひそめた。

物見のオークが二騎、峠を走って来る。

馬体のわりには背が低い。

やはり狼だ。オークライダーか。


俺たちの真下を砦に向かって音も無く駆け抜けて行った。

連中はまだ、俺たちが真上に潜んでいる事に気づいていない。


しばらくすると、チカチカと光る松明(たいまつ)の明かりと共に先頭の歩兵が見えてきた。百人ほどのオークだ。

巨大な盾を持ち槍を担いでいる。

城攻めの先鋒(せんぽう)隊だな。


フォールが声をひそめる

「先鋒(せんぽう)の歩兵隊や弩(いしゆみ)部隊はこのまま通過させて砦の中へ誘い込みます。次に来る中軍が本隊です」


「もし弓隊が峠の向こうからこっちに射って来たら?」


「この乱戦で弓や槍を使えば味方に当たりますので、刀剣での戦いになるでしょうね」


なるほどフレンドリーファイヤを防止するためか。

そういや今川義元や足利義輝も刀で戦ってたな。お互いに深く突入して敵味方が入り混じった状態では弓や長槍は使えない。

最後の最後は、やはり刀対刀の抜刀(ばっとう)突撃で勝負になるワケだな。


遠く砦の方から破壊音と閧(とき)の声が聞こえてきた。空が薄赤く燃えている。

最前列ではもう戦闘が始まった様だ。


槍と弓の部隊が走り出し、次に戦闘狼が通り過ぎた。

おそらく先鋒が砦の入り口を突破して、村に侵入したのだろう、連中は決着を付けようとして続々と戦力を投入して行く。


「それで良いだ。孫子(そんし)の作戦どおりだべ」 


「孫子ではなく六韜(りくとう)です」

ボルゲルがメガネを光らせる。


「あっそ…」


次々とオークの弓や槍の部隊が砦に向かって進んで行く。

すると今度は崖の向こうから太い鎖に繋(つながれ)た巨大な緑色の大猿の様な獣の影が現れた。

頭にツノが生えている。巨大魔族か?

峠の細道に巨体が入りきれず、脇の斜面の木を踏み潰しながら歩いて来る。

デカい!10m以上ある。


「な、何じゃ〜あれは?」


ボルゲルがいつもの百科事典をパラパラめくって挿絵を見せる

「トロル種ですねぇ1000年前に『黄金の翼の戦士』が悪魔王ごとまとめてトロルも滅ぼしたはずなのですが、まだ生き残りがいたとは、ゴーレム用の対G(ゴーレム)決戦兵器でしょうか」


あれがトロルか、想像してたのとだいぶ違うな。ムーミンというよりキングコングだ。


「トロルって強いだか?」

「強力な再生能力を持ち、口から火を吐くと聞きます」

怪獣じゃねーか!

こんなのに攻撃されたら恐竜どころの被害じゃない。ゴーレムでも勝てるかどうか分からない。


「来ました!」フォールが小声で知らせてきた。

目をこらすと顔中に悪魔の紋章(もんしょう)を描いた魔法使いらしき集団が狼とオークライダーの群れを率いているのが見える。

あれが魔導士(まどうし)の本隊か。


魔導士(まどうし)が俺たちの真下を通過する。

フォールが怪力ザーグに向けて合図した。

「今だ!ザーグ!派手に爆撃を頼む!」

ザーグは樽(たる)を山上から次々と投げ落とす。

樽(たる)は転がり落ちながら爆発し、燃える火酒と油が炎の雨となって飛び散った。

ボルゲルが硫黄(いおう)やら硝石(しょうせき)やらを混ぜて調合した爆薬だ。珍しくアイツが役に立った。


爆発の炎で周囲が明るくなる。狼たちは走り回り、興奮したトロルが暴れ始めた。

魔導士(まどうし)たちはたまらず後退しようとしているのが手に取る様に分かる。


「行きます!」

フォールたちレンジャー隊が散開(さんかい)し、ロープを垂(たら)して降下し始めた。

レンジャーたちはロープを片手に岩壁を走りながら敵兵を斬りつけていく。

さながら天目山(てんもくざん)の土屋将監(つちやしょうげん)だな。


不意の襲撃に隊列が乱れて混乱しているのが見える。

魔導士(まどうし)たちが後方に逃げ始めた。


「逃すか!」

俺は峠の曲がり角に向かって山上を走り、峠の斜面の崖をダブルトマホウクで一気にカチ割り切り崩した。

曲がり角の斜面は地鳴(じなり)と共に崩れ落ち、下に居た軍勢を押し流す。

峠の細い道は崩れた巨石で埋まった。


これにより魔導士(まどうし)たちの本軍は完全に後続と分断された。

後軍はトンネルを抜けて背後から教皇軍の本隊が討伐(とうばつ)する予定だ。


よし!作戦成功。突撃だ!「チェストー!だべ」

俺は斧を大上段に構えながら垂直の崖に鳶口(とびくち)を引っ掛けて、一気にザザザっと滑(すべ)り降り、魔導士(まどうし)たちの正面に立ち塞(ふさ)がった。


「勇者参上!だべ!」


魔導士(まどうし)たちが手をかざすと攻撃魔法で空から火炎弾が次々に降って来る。

「スゲぇな、攻撃魔法って初めて見ただべ」

俺は鳶口(とびくち)の空間湾曲バリアを傘にして避ける。

「まぁ俺には通用しねぇけどな!」

魔導士(まどうし)たちの背後から狼やオークの群れがこちらに駆けて来た。

「ディバイド!」

空間湾曲の傘(かさ)で薙払(なぎはらい)オークを狼ごと谷底に投げ落とす。

オークや狼がバラバラと落ちて行くのが見えた。

アバよ!来世では善人に生まれ変わってこいよな。


魔導士(まどうし)たちは苦し紛れに巨大トロルを俺に向けて来た。

火炎に照らされた黒い影が足元の木々をメキメキと折りながら近づいて来る。

んげっ!…近くで見ると、ちょっとデカ過ぎる。


ダブルトマホウクを投げつけるが一瞬で傷口が塞(ふさ)がってしまう。これがトロルの無限再生能力か!

刃物が通じないんじゃ戦い様が無いんじゃないかな?


トロルはゴフッと咳込(せきこむ)ような呼吸をした後、こちらに火炎を吐いて来た。

「どわっ!」

とっさに空間湾曲バリアを傘(かさ)にして避(さけ)たが、脇から炎が回り込んで来る。アチチチチ!炎の量が多過ぎだ!傘(かさ)で防ぎきれる量ではない。


俺はジリジリ退がるが、後ろはさっき俺が崩した岩石で塞(ふさ)がっていた。

あちゃ〜後が無いっ!


トロルが目の前まで迫って来て巨大な手を振り上げる。

あ!俺を叩き潰(つぶす)気か!

ヤバい、もう逃げ道がない。どうすべ!


その瞬間、空から大量の矢が降り注ぎ、トロルの目玉を射(い)抜いた。

「ゴフッゴフッ」と、巨大な獣の声が聞こえる。

トロルは再生を始めるが、さらに無数の矢が正確にトロルの顔を狙い撃って来る。

トロルの顔から白い煙が上がっているのは、何か強力な毒を使っているからだろう。

これではいくら再生能力があっても耐えきれないだろう。


「ゴフッゴフッ」と巨大な黒い影は身もだえしながら、たまらず後退する。


助かった。どこから撃って来るんだ?背後には誰も居ない。


「上で〜す!」山の上からボルゲルの声がした。

「え?」

見上げると赤や緑のカラフルな鳥人が、はるか高空から弓を射ている。

中央で指揮してるあの青い鳥人はゴモンさんではないか?

あ、そうか!彼らは鳥人だったのか!

どうりで一瞬で長距離を移動できて、やけに目が良いはずだ。


しつこく顔面を狙われたトロルは後退しながらヤケクソで見境無(みさかいなし)に火を吹きまくる。

味方の兵士や魔導士(まどうし)たちまで燃やし始めた。


そうなってはもうコントロールが効かない。

兵士やオークはトロルに叩き潰され、狼は逃げ回った。

いや俺も逃げ回ったけどな!


魔導士(まどうし)たちの本軍はトロルの暴走であっけなく壊滅(かいめつ)した…が、

歯どめの効かなくなったトロルは火を吹きながらまだ暴れている。

どうすんだ?これ?


『さっさと退治せんか!バカ者!』

頭の中にまた怒鳴り声が響いた。


すいません。


やっぱ俺が退治するしか無ぇな、勇者はツラいぜ!

「変身!」

鳶口(とびくち)を振り上げた。

「ぴぴるまぴぴるま超力招来!!」

呪文を詠唱(えいしょう)すると鳶口(とびくち)の先から光の輪が発生し、俺の全身を引き伸ばす。

手足はスラリと長く伸び、長く飛び跳(はね)た赤い髪、クビレたウエスト、ピチピチの小さな服からはみだしそうな大きな乳!

今日は忙しいのでちょっとだけ揉んだ。


「さあ来やがれ!だべ」俺はカッコよく斧を構えた。


「ガァッ!」と吠えながらトロルがこちらに向かって来た。

うぎゃ!ホントに来やがった!デカいデカい!俺はあわてて谷へ駆け降りた。

こんな怪物どうやって倒すんだよ。


だいたい大きさが違い過ぎて話にならない。

いくら高熱や空間操作でも、限度というものがっ!


『空間操作で巨大化すれば良かろう。お前にも巨人と同等の力がある事を忘れるな』

また頭の中にあの声が聞こえてきた。


巨大化?異世界ファンタジー小説でそんな昭和特撮みたいな事ができるのか?


超巨大化のイメージねぇ…シルバー仮面や一号ライダーやジェットジャガーってどうやって巨大化できたんだっけ?


ひらめいた!二段変身があったな!

俺は鳶口(とびくち)を振り上げた「二段変身!」

「シン・ぴぴるまぴぴるまゾーンファイトパワー!」

また適当にヲタ呪文を詠唱(えいしょう)する。


鳶口(とびくち)から100万ワットのフラッシュビームが焚(たか)れ、閃光と共に俺のナイスバディが巨乳化…いや巨大化した!さすが魔王の杖だ。なんでもアリだな!


「シュワッチ!」


ズズ〜ンと地響きを上げて谷間に着地する。

トロルと同じ大きさになった。

「よっしゃ!同じ大きさなら負けねぇだべ!」


トロルは峠の中ほどから火を浴びせて来るが、こちらは斧を正眼に構えて赤熱化させる。

斧の陽炎(カゲロウ)を盾にしてトロルの炎を遮断(しゃだん)した。

「そのていどの熱量では俺の熱の壁は通り抜けられねぇだ、俺のダブルトマホウクの方がエネルギー量は上だべ!」


異変を察してトロルの攻撃が止んだ。

今だ!

赤熱化した斧をブン投げた。

「ダブルトマホウク!火炎車(かえんぐるま)」

トロルは超高熱の斧に跳ね飛ばされ、崖に叩き付けられ峠から谷間まで転がり落ちて来た。

いくら強力な再生能力が有っても、さらに強力な熱攻撃には耐えられないだろう。


とどめだ!

俺はトロルと入れ違いに峠の崖を一気に駆(かけ)上り、空中高くジャンプする。

「トウ!」

上空にいた鳥人たちを飛び越え、さらに上の星空まで飛びあがった。

はるか下の谷間に、炎に照らし出されたトロルが立っているのが見えた。


「行くぞ!超重力グラビトン!」俺は空中回転し、重力操作フルパワーで急降下する。

「うおりゃああああ!」


トロルはとっさに俺めがけて火を吹き出してきたが、足先の重力子によってトロルの炎は俺の右足裏に圧縮され、巨大な火の玉となり「戦士(クウガ)の封印マーク」になった。


「必殺!雷神んぐマイティドワーフキック!」

トロルへ超重力火の玉キックを蹴(けり)込む。


直撃の瞬間、圧縮された炎が大爆発を起こし

トロルを炎に包み弾き飛ばした。

炎の塊となったトロルは向こうの山に衝突して大爆発し、巨大なキノコ雲が立ち昇っていく。


無限再生能力を持つトロルは自分の炎に焼かれて消えた。

山肌には「戦士(クウガ)の封印マーク」が燃えていた。


「やった!」と兵士たちが敵も味方も共に歓喜の声を上げた。


「ふっ…今回もパンチラはサービスだべ」


山の上に居たボルゲルがつぶやいた。

「相変わらず酷(ひど)い名前の必殺技ですね」


うるさい。


つづく!だべ



あとがき

 【ボルゲルのファンタジー用語解説】

さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。


⚫︎ 土屋将監

片手で蔓を掴み、天目山の山の斜面を走りながら敵を斬りまくったと言われる武田の剣豪ですね。土屋神影流の流祖でもあります。


⚫︎ 田原坂(たばるざか)の抜刀隊

田原坂(たばるざか)は坂道の左右が低い崖、つまり鎌倉の切通(きりとおし)の様になっていました。

西南戦争では薩摩軍はこの坂道の脇から抜刀攻撃を仕掛けたと言われます。

これに対して明治政府は警視庁の元武士を集め警視抜刀隊を組織して対抗しました。

ちなみにこの難攻不落の通路を考案したのは加藤清正公と言われます。


⚫︎ 対G決戦兵器

ジェットジャガーやオーソゴナル・ダイアゴナライザーなどの対ゴジラ専用兵器ですね。

ちなみに私は初代スーパーXがお気に入りです。


⚫︎ ゾーンファイトパワー

流星人間ゾーンが変身するさいの呪文ですね。もっとも二段変身で巨大化する時の呪文は「ゾーンダブルファイト」でしたが。


⚫︎ 100万ワットのフラッシュビーム

1メガワットですね。


⚫︎火炎車

ドロロンえん魔くんのイメージを具現化した魔法ですね。

相変わらず再現度はメチャクチャですが。


⚫︎ライジング・マイティキック

仮面ライダークウガの封印技ですね。

蹴られた敵は封印パワーでなぜか大爆発するのが見どころです。


皆さんもぜひお試しください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る