024 名古屋市

 甲府から名古屋へ行く道中、多くの対向車を見かけた。

 しかもトラックやバスなどの大型車両ばかり。

 幅の狭い山間部の道路なので、すれ違うたびにヒヤッとした。


「着いたぜ」


 0時頃、俺たちは名古屋に到着。

 トラックは適当な駐車場に停まっている。

 板室曰く、ここは名古屋城の前にある大通りらしい。


「夜は人間の時間と言われるだけあって栄えていますね」


「日中の甲府よりも多いからな。お隣の豊田市が自動車製造の一大拠点だから、そこの作業員も集まってくる」


 トラックの中から外を見渡す。

 車がガンガン走っていて、歩行者もたくさんいる。

 犬の散歩をしている老人などもいて、なんだか不思議な気分になった。


「いやぁ助かりました。ありがとうございます」


 俺は2万円を支払ってトラックを降りた。

 先に前金として1万円を渡しているので、これでちょうど3万円だ。


「本当に3万も貰っていいのか?」


 板室は何だか申し訳なさそうな顔をしている


「かまいませんよ。それで思いっきり風俗を楽しんでください」


「ハハハ、言ってくれるぜ。そういうことなら遠慮なく貰うよ。兄ちゃんも風俗に興味が出たら俺にいいな。イイ店を紹介すっからよ」


 板室も降りてきて、コンテナを開けてくれた。

 杏奈と梨花、そして俺たちの自転車が名古屋市に降り立つ。


「おじさんさぁ……あんなに揺れるなら最初に言っておいてよぉ」


「うげぇ、吐きそう……苦しいよぉ」


 杏奈と梨花は顔を真っ青にしてグロッキー状態。

 極度の車酔いに陥っているようだ。

 かくいう俺も、慣れない長距離トラックに酔っていた。


「わりぃな、人間の運搬は経験なくてさ」


 役目を終えた板室はトラックに戻り、「じゃーな」と去っていった。


 ◇


「どうだ? 酔いは落ち着いたか?」


「「全然……!」」


 俺たちは近くの公園で休んでいた。

 女性陣は相変わらず苦しそうだが、俺は完全に回復している。


「じゃあ休憩がてら今後の行動について説明しよう」


 ベンチにしがみつく二人の背中をさすりつつ周囲を見る。

 お隣のベンチでは、老夫婦が年甲斐もなくイチャついていた。

 婆さんの首筋にキスする爺さんと目が合い気まずくなる。

 爺さんは気にしていないようで、ニヤリと笑ってウインクしてきた。

 まだまだ若いな。


「次の目的地は滋賀県だ。米原辺りから琵琶湖に沿って京都に向かい、京都経由で大阪に入る。平たく言えば東海道新幹線と同じようなルートってことだ」


「うー」「あー」


 女性陣はゾンビのような声で相槌を打つ。


「地図アプリで調べたが、アプリの推奨ルートだと自転車で約7時間の距離だ。でも、そのルートだと都市部を優先して通ることになるため、魔物との戦闘が絶えない。だから魔物の少なそうな山間部を通ろうと思う」


 結果的にそのほうが早く着くと判断した。


「ちなみに、俺の考えた山間部ルートだと10時間以上の距離になる。いくら電動自転車といえどケツが痛くなって厳しいだろうから、八木沢から甲府へ行こうとしていた時と同様、二日に分けて向かうつもりだ」


 説明を終えると、「何か質問はある?」と尋ねた。


「うー」


 杏奈は顔を伏せたまま手を振って「特に無し」とアピール。

 梨花も呻き声を発しながら「同じく」との意思を示した。


「ならそういうことで」


 二人が回復するまでもう少し時間がかかりそうだ。

 俺はエスカレートしていく老夫婦のイチャイチャを眺めて時間を潰した。

 若いカップルのほうが興奮できたが、これはこれで悪くない……のか?


 ◇


 名古屋に着いてから約1時間が経った。

 時刻は1時過ぎだが、街は相変わらず盛り上がっている。

 誰もが魔物の存在を忘れて羽目を外していた。


「お待たせしたね!」


「もう元気だよ! 眠いけど!」


 杏奈と梨花は車酔いから回復していた。


「じゃあ移動しよう。とりあえず名古屋市は出ておかないとな」


 俺は公園の中央に目を向けた。

 ご立派なゲートが二つも並んでいる。


「賛成! で、どこに行く? 滋賀を目指す?」


「まずは休みたい。蟹江かにえ町に行こう」


「どこそれ?」


「名古屋市の西隣にある町だ。ここから自転車で1時間半らしい」


「隣のわりに遠いなー!」


「名古屋市がめちゃくちゃ大きいから仕方ないさ」


 異論がでなかったので移動を開始。

 電動自転車を漕いで名古屋の街を駆け抜ける。


「歩行者と車の数が多くて走りづらいな」


「一列にならないと危険だね-」


 梨花の声が背中に当たる。

 そのさらに後ろから、杏奈の「おーこわ!」という声も聞こえた。


 歩道と車道を臨機応変に使い分けて蟹江町を目指す。

 その道中で、何度となくゲートを目撃した。

 御殿場駅ほど密集していないものの総数が大違いだ。

 この近辺で戦ったら夜まで休めないだろう。


「だんだん人が減ってきたねー」


 走り始めて40分ほどが経過。

 歩行者の数が如実に減少し始めていた。


「都心部から外れたし、時間も遅いからなぁ」


 現在の時刻は1時40分。

 魔物が復活する4時まで残り2時間ほどしかない。

 大半の連中が名古屋市を離れて帰路に就いていた。

 周囲は静まり返っており、街灯の数も急減して暗い。


「蟹江町に着いたらどうするんだっけ?」


 杏奈はスピードを上げ、俺の隣にやってきた。


「適当な旅館かホテルで休もう。二人はどうか知らないが、俺はトラックで一睡もしていないからな」


「私らもずっと酔い潰れていて寝ていないよ!」


「なら休憩で決まりだな」


 話していると蟹江町に着いた。

 荒しつくされたコンビニの前で停まり、地図アプリで宿泊施設を検索。


「いくつかヒットしたぞ」


「その中で有志が管理しているのは?」


「ない」


「「え?」」


 驚く二人。


「それについては既に調べたから間違いないんだけど、この辺の宿泊施設はどこも管理されていないんだ。名古屋へ遊びに来た連中がマナーを守らずに利用するからだとネットに書いていた」


「あー。東京や大阪の都心部はそんな感じだって聞いたことあるかも!」


「じゃあどうすればいいの?」と梨花。


「勝手に使わせてもらおう。誰も管理していないなら、勝手に使ったって誰も怒りやしないし迷惑がられることもない」


「「了解!」」


 俺たちは最寄りの旅館に訪れた。

 開きっぱなしの扉を抜け、適当な客室に向かう。

 廊下に得も言えぬ悪臭が漂っており、早くも嫌な予感がしていた。


「普通の人間はグレードの高い部屋から順に使うだろう。それを逆手に取って最もショボイ部屋を選んだ。この部屋なら少しはマシなはずだ!」


 俺は「ふん!」と勢いよく扉を開ける。

 そして次の瞬間、俺たち全員の顔が歪んだ。

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