第8話「可能性の光」

 一年後に開催される蒸気博覧会に出品する。ヴィクターと共に決めたその目標は、素人目に見ても大言壮語と言わざるを得ないものだ。本職であるゴルドーたちが十七年もの歳月を費やして、渾身の一作を披露するような場所なのだ。それよりはるかに格が落ちるとはいえ、一年という期間はあまりにも短すぎる。

 工場の建設はすでに進んでいる。順調に大型の機材も搬入され、あとは壁を付けるだけという段階まで来てしまった。マールたちも手伝ってくれているし、彼女たちのための作業着もヴィクターが発注してくれた。もはや止まることは許されない。


「どうするんですか、お嬢様?」

「うーん……」


 トリセンド家の広い邸宅に、私も部屋を与えられていた。ヴィクターの奥様のお部屋ということで、かなり広く豪華なものが四つも連なっている部屋だ。寝室、書斎、談話室、応接室と、ここだけで屋敷の生活のほぼ全てが完結してしまう。

 あんまりにも広すぎて落ち着かないので、昼間はもっぱらリファを呼んで側に居てもらっているほどだ。

 私室の書斎にはヴィクターがトリセンド家秘蔵の技術書をこれでもかと詰め込んでくれている。初歩的な教科書から、より専門的な技術書まで幅広く、中には頑丈に封印が施されているものまで。こんなものを読んでしまったら、トリセンド家の敷地から出ることも許されないのではないかと不安になる。

 床から天井まで壁一面がぎっちり詰まった本棚になっている書斎で、私はリファと話し合っていた。

 議題は、蒸気博覧会に何を出品するか。


「今から全く新しい独創的な製品を一から開発するのは絶望的では?」

「無理ね、無茶ね。無茶苦茶ね」

「でしたら、既存の製品の改良品となるでしょう」

「そう言われても。二番煎じは受けないでしょう?」

「面倒臭いですね……」

「リファ!?」


 うんざり、といった様子を隠そうともしない我がメイドに目を剥く。確かに彼女は生粋のハウスメイドで、蒸気機関というものに欠片も興味を抱いていない。それでも、子供の頃からの付き合いの主人が悩んでいるのだから、もう少し親身になってくれてもいいのにと思う。

 一から新しい製品を作るのは時間が足りない。さりとて、既製品の改良程度でヴィクターたちが納得するかと言われれば疑問が残る。


「お嬢様が作ったあの二輪車を出せば良いんじゃないですか?」

「駄目よ。あれは工房のお爺ちゃんから教えられるまんまに作ったものだもの」


 私とヴィクターの出会いの二輪車。確かにあれは私が一から組み上げた、私の蒸気駆動二輪車だ。けれど、あれをそのまま製品化しても意味はないどころか、怒られる可能性すらある。


「そもそも二輪車なんてありふれてるでしょ。蒸気博覧会に出品しても笑われるだけよ」

「そうですか?」


 リファは意外そうな顔をするけれど、街に出れば二輪車はよく走っている。当然、乗っているのは紳士たちばかりではあるものの。二輪車は構造も単純で、組み立てるのも容易い。それで蒸気機関にしては安くて、必要な緑光棒も少ない。だから、蒸気機関入門にうってつけなのだ。


「お嬢様の二輪車は、少し変わっているように見えますが」

「え?」


 続くリファの言葉は意外なものだった。てっきり、彼女は屋敷の外では二輪車が珍しいものではないことを知らないのだと思っていたけれど、そういうわけではないらしい。


「あの二輪車、座席が少し低くなっていますよね」

「それは……私が小柄だからよ」


 少しムッとして答えると、リファは「そういう意味で言ったわけではありませんよ」と首を振る。


「車輪も少し小さいですし、パーツも簡単になっていて軽そうです。あれ、お嬢様が色々改良なさってますよね」

「よく気付いたわね」

「一応、お嬢様付きのメイドですので」


 一応は余計だけれど、リファは優秀な女性だ。彼女がそこまで詳しく見てくれていたとは思わず、つい頬が緩んでしまう。

 あの二輪車は蒸気機械工房のお爺ちゃんから教わりながら、自分でも使いやすいように改良したものだ。そんなに重たい荷物を運ぶわけでもないし、長距離を走るわけでもないから、出力は少し抑えている。その代わり、私でも運べるように軽くしている。


「いわば、女性向けの二輪車なのでは? そういった製品はまだないと思いますが」

「……リファ、あなた天才なの?」


 付き合いの長いメイドの鋭い指摘に、目から鱗が落ちる。

 蒸気機関は男のもの。他ならぬ私自身が、ずっと思い知らされてきた。町で働く蒸気機関を動かしているのは、皆男性だ。けれど、蒸気機関は女性が扱ってもいい。むしろ女性が扱う方が、より可能性は広がるのではないか。


「女性向けの二輪車か」


 私の使っている二輪車は、まだまだ発展途上。けれど、今の蒸気機関にはない、新しい可能性だ。

 幸い、私を手伝ってくれるマールたちは、みんな女性たち。彼女たちに意見を聞けば、もっと色々な改善点が出てくるかもしれない。


「ありがとう、リファ! やっぱりあなた、素晴らしいわ!」

「ありがとうございます」


 リファのおかげで光明がさした。

 私は早速書棚へと向かい、使えそうな本を抜き出していった。

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