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 彼の名前は彰人あきとといった。六つ歳上で、アルバイトをしながら、作家として活動しているらしかった。私たちは互いが惹かれ合うのに、そこまで時間はかからなかった。彼は私がもっていないものをもっていたし、彼にとっての私もそうだった。


 私は大学で油絵を専攻しているのだが、生命力に溢れた力強い絵を得意としていた。孤独、哀しみや憂い、虚しさ。そういった負の感情に乏しいから、深みのある作品が生まれないのかもしれない。そういう意味で、私は彼とは対照的だった。


 彼に、なぜ、雨の絵ばかり描くのか、と尋ねたことがあった。


「僕が絵を描く時はいつも雨が降っていたから」


彼の答えはいたってシンプルだった。


 美術館や動物園、映画や買い物など、二人で様々な場所に出かけた。とても幸せな時間だった。

「君と出かける時はいつも晴れるね」と彰人は微笑んだ。付き合ってみると、彼は案外普通に笑う人だった。


 しばらく経つと、私は彼の家に居座るようになった。彼が絵を描いている時は、黙って大学の課題に取り組んだり本を読んだりして、邪魔にならないように努めた。言葉を交わさなくても、ただそばにいるだけでよかった。彼もきっと同じように思っていてくれたはずだ。


 だが、彼は次第に雨の絵を描かなくなった。正確には、描けなくなったというべきか。私と一緒にいると、彼の周りでは、雨が降らなくなった。彰人は絵を描いては捨て、描いては捨てを繰り返した。


 彰人は知人のつてで、近々、小さな個展を開くことになっていた。これは画家として生活していくうえで、大きなチャンスだった。時々、彼は一人で外に出かけては、風景画を描きに行った。私が家で留守番をしていれば、天気は悪くなったからだ。しかし、彼はいつも浮かない表情で帰ってきた。以前のように、自身が満足のいく作品を、彼はもう描けなくなっていた。


 彰人は日に日にやつれていった。髪はぼさぼさ、夜はよく眠れないようで、目の下にクマが目立つようになった。もともと細かった身体はみるみる痩せていき、青白い皮膚から浮きあがる血管が妙に痛々しかった。それでも、彼は私を優しく抱きしめると力なく笑い、愛のある言葉を囁いてくれた。


 結局、彼の個展に新しい作品が飾られることはなかった。

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