第9話 勇者は勇者でも元陰キャの勇者

「おはようケイくん!!」

「朝から元気だな」

「楽しかった日の夜はよく眠れるのよ」

「そんなに蕎麦美味しかったっけ?」


 あっちの世界に麺なんてなかったから珍しかったのかな。


 ご機嫌な調子で鼻歌を奏でながらスキップするエリーを追うようにして事務所に入る。


「おはよう二人とも!!!」

「黒崎さんも元気っすね……」


 俺たちが入るや否や黒崎さんがデスクからハリのある声と共に立ち上がり、俺たちの前に仁王立ちした。


 一昔前のブートキャンプでもされそうな勢いなんだけど。

 どうやら女性陣には眠いとかいう概念は持ち合わせてないらしい。


 俺なんてまだ体がだるいってのに。


 朝が弱いのは異世界に行っても治らなかったな。野宿も数えきれないくらいしてたけど変わらなかった。体質だなこりゃ。


「そういえば煙さんは?」


 エリーの言葉につられて見渡すも煙どころか白衣すら見当たらない。

 まだ出勤してないだけか。


「煙か? 奥で寝てるぞ。どうせ昼まで起きてこないから放っておけ。どうした? 煙に用でもあったか?」


 訝し気に黒崎さんが聞き返す。


「いえ。お二人がペアで行動されているのを見ていたのでつい」

「我々が動き始めるのは午後からだよ。私も午前中は書類が溜まっているからね」


 そう言うと黒崎さんが両手を打ち鳴らす。


「今日二人にはやってもらいたいことがある!!」


 また変異神域が出現したのか?


 思わず顔が引き締まる俺たちを眺めると黒崎さんはにやりと口角を上げた。


「生活用品を調達してこい!! ここにあるものじゃ、生活するには少し不便だからな。金は経費で落としてやる」

「あ、ありがとうございます……?」


 まあ実際仮眠室は仮眠をするための最低限の物資しか置いていない。けどあそこは俺たちの家じゃない気がするんだけど?


 そもそもギルド所有だし。俺たちは一時的に宿泊するだけのはず。


 それなのに備品を買いに行くのは疑問でしかない。

 その疑問を黒崎さんにぶつけてみると、


「一時的といっても新しい住居に住めるまで1週間はかかる。それに家電や家具なら新しい家でも使えるでしょ? 使わなくたって私たちがありがたく使わせてもらうから遠慮せず行ってらっしゃい」


 と、言いくるめられてしまった。


「ケイくんとデート……!? さすがに服はこのままじゃ駄目よね……何着てこう!?」


 エリーの脳内はすでに買い物に切り替わっている。

 断る理由もないし、この日本に俺が知っているメーカーがあるのかも正直気になる。


 〇-falとか〇isonとかあるだけで生活水準が成層圏超えるものはあってくれ!!


 内心で小躍りしながらショッピングモールへと向かったのだった。


 ☆


「着いたぞ秋葉原!!!」


 新宿から緑の電車で一本。

 オタクと電気の街、秋葉原に家電を買いに舞い降りたのである。


「懐かし~ゲーセンも雀荘もまんま残ってるな」

「よく来てたの?」

「庭」

「……は?」


 何を隠そう、転移前の俺はオタクだったのだ。カードショップに寄り、フィギュアを鑑賞し、〇ニメイトでラノベとアニメグッズを買いあさる。

 秋葉原はそんなオタクたちの本拠地なのだ。


「どこに何があるかは正確に把握してる。行くぞ!!」

「あ、ちょっと!!!」


 エリーの制止も聞かず、彼女の腕をとって家電量販店へ足を踏み出そうとした。


「ちょっと待ってって言ってるでしょ!!」

「な、何?」


 何かに怒っていることはわかる。


 むくれながらこちらを睨みつけてくる。


「まず私に言うことないんですか……?」


 むくれる彼女の全身を眺めて、後悔する。


 ああ、これは俺が悪い。

 出かける前の彼女の言葉を思い出す。


 あの言葉を聞いてたくせに何も言わないのはよくなかったか。


「服、よく似合ってるよ。すぐ言わなくてごめん」


 白シャツにピンクのワイドパンツに身を包んだエリーはいつもの神様っぽい神秘的な服装とは打って変わって可憐な若者に様変わりしている。


「他には?」

「他に?」

「他に言うことないんですか?」


 あの、エリーさん。笑顔の圧が怖いんですけど。


「もっと言うことがあるんじゃないですか?」

「あー、その服どこから引っ張り出してきた?」

「魔力で生成しました!! 別のがあるでしょ!!」

「はいはい。可愛いですよ」


 悶絶してる彼女の手を引いて家電量販店へ入っていく。


「あ、すみません」

「いえ。大丈夫ですよ」


 入り口で人にぶつかってしまいとっさに謝った。

 ギロリと俺よりも少し高い位置からにらまれる。わけもなく背中が凍りそうになっていた。


「あの……何か?」

「いえ。では失礼」


 スーツ姿の男性は俺たちの顔を交互に見比べると何事もなかったかのように人ごみに消えていった。


 呆然と立ち尽くしてしまっていた。


「何だったの?」

「わかんない。それよりも家電、欲しいのがあったら言って買うから」


 エリーの言葉を皮切りに気持ちを切り替え店内に足を踏み入れていく。

 久しぶりの騒々しい店内に逸る気持ちを押さえながら俺たちは店内を巡回していった。


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