第7話 妹探しのツクモガミ

「それでなんで拘束されてるんですかね?」

「君が逃げようとするからよ?」


 変異神域が消滅したことを確認し地上に戻ると、ニコニコで待ち構えていた黒崎さんに事務所に連行された。


「だって笑顔でミニガン構えてたら誰でも逃げますって……外さないと通報しますよ」


 しょうがないといった顔つきで俺をがんじがらめにしていた鎖をしぶしぶ外していく。


「あなたたちの配信は見てたわ。100万登録おめでとう。まさか神が現れるなんてね」

「そうかしら? 見たかったものではなくて?」

「……は?」


 甲高い声が俺の真後ろから聞こえた。

 煙でもエリーでも、ましてや黒崎さんでもない。


 予想してしまった事実に背筋が凍る。


「あの、帰ってくださいます?」

「何言ってるの。もう私と勇者くんは一心同体よ?」


 背後例のごとく真後ろに現界しペタリと背中にステンノが覆いかぶさる。

 すぐさまエリーが引きはがそうとするがびくともしていない。


「今勇者くんを起点にして現界してるから剥がすのは無理よ」

「だとしてもそんなにくっつく必要はないでしょ!?」

「うるさいから黙ってなさい。失格女神ども」


 今にもつかみあいの喧嘩をおっぱじめようかというところで二人はしぶしぶ引き下がった。


「あの、こいつがさっきの神様です」

「ケイくん。自分にだけ防御魔法張れる?」


 黒崎さんの鋭い瞳に、俺の顔から笑顔が消える。

 目の前に突き出されたミニガンからは硝煙と鉄の血なまぐさい匂いが漂ってきた。


「あら怖いことするのね。大丈夫よ。私はあなたたちに危害を加えるつもりはないの。誓って言うわ」


 ステンノは銃口をやんわりと押しのけて俺の隣に座る。


「私はただ妹を探しているだけよ。ケイくんはその協力者。でしょ?」

「本当か?」

「あってます」


 あの場でエリーもいる中で戦闘するのは得策ではないと判断した結果、彼女の要求を呑むしか穏便に解決する方法はなかった。


 さすがに神相手となると全力で向かわざるを得ないが、場所が悪すぎた。本気を出せば確実にダンジョンごと破壊してしまう。


「……わかった。その代わり下手な真似をした瞬間、ケイくんごと吹き飛ぶから気を付けてくれ」


 俺はステンノに憑りつかれているようなものだし妥当な判断かな。


「人間って怖いわね。神様を敬う気持ちというものはなくて?」

「前に出会った奴が化け物だったもんでね」


 正面のソファに座りながらも黒崎さんの銃口はこちらに向いている。


「それで俺たちを連れてきた理由は?」


 ステンノの登場でうやむやになっていたけど俺たちは拘束されてまでここに連れてこられたのだ。


 どうせ神域かステンノ関連だとは思う。

 というかステンノの現界がイレギュラーすぎたのだろう。最初の黒崎さんの説明に神がいるということが盛り込まれなかったのも鑑みると相当珍しい事例に遭遇してしまったようだ。

 勇者補正は異世界だけにしてほしいんだけどな。


「話というのもそこの神のことよ。ステンノ、すまないが帰ってくれないか」

「どうしても? ここにいたらだめなのかしら?」

「どうしてもだ」


 しぶしぶといった雰囲気でため息をつくとステンノは俺の首元に顔を寄せてきた。

 そしてそのまま柔らかい唇で首筋に吸い付く。


 パッというかすかな音を立てて首筋の皮が解放される。


「私はいつも見守ってるわ」


 満足げにほほ笑むとステンノは虚空に溶けていった。


「何だったんだあいつ……」

「人間の横取りはダメだって天界で習わなかったのかしらあのおさなビッチ」


 頬を膨らませて拗ねているエリーをなだめながら黒崎さんに話を促した。


「先ほど君宛に1本の電話がかかってきたんだ」

「俺宛に?」


 一番考えられるのはこの世界の俺の親族が配信で俺を知ってかけてきたパターン。もしくはかつての友人とか?


 黒崎さんが前かがみになるのにつられて俺も背中を曲げる。


「政府からだ。神について詳しく聞きたいそうだよ」

「目的は?」


 異世界でも国が関わるとろくなことにならなかった。

 俺が召喚された国なんて敵国との争いに打ち勝つためだとか言って魔王を炉用しようとして破滅したからな。こういう強大な力に関連すると国の登場は明確な負けフラグだ。


「電話越しでは教えてくれなかったけどどうせ自分たちの利権にしたいだけだろうね。あのオヤジたちは」

「断りたいんですけど」

「ギルドの面子もあるから断るのはできない。すまないな。まあ適当な理由つけて話を伸ばすことはできるけどな」


 ☆


 その日は事務所の仮眠室に泊った。


 早いところ住む場所は見つけなくちゃな。好意に甘えてばかりじゃなんとも居心地が悪い。


 少ない荷物を整理しながら今後について妄想しているとふいにドアが開いた。


「ケイくん」


 エリーはわざわざ俺の背後に回ってぴたりと身体を寄せてきた。

 薄い生地のパジャマの下にじんわりと温かく柔らかい2つのクッションが背中を刺激する。


「一つ確認したことがあるの」

「……何?」


 異世界ではありえなかった漫画のような現実に鼓動のテンポが速くなる。


「キスマーク消したいから首の皮はいでいい?」

「ダメに決まってるでしょうが!!!」


 失格女神に少しでも期待してた俺が馬鹿だったよ!!!


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