40話 進んでいく開発
朝早くから多くの研究員がウイルス開発を進めているとは知りもせずに、鴇監視のもと研究に取り組む。最初の頃は鴇の存在を疑問視する声も聞こえてきたが、表向きの顔はかなり愛想がいいこともあってか、日が経つ毎にその声は少なくなってきている。
笑顔で研究員に指示を仰ぐ姉の姿を2階のフロアから、浬はガラス越しで見つめながら小さくため息を溢した。
「研究、進んでるみたいですね」
後ろから声がかかる。振り向くまでもなく、その声の主が分かった浬は視線を反らすことなく答えた。
「ウイルスの研究を身近で見てきた姉さんがいるからな。未完成品を完成品に近付けるだけの話だから……予定よりも早く完成するかもしれないな」
「あの……」
姫が躊躇い気味に口を開くも、すぐに口を閉ざしてしまう。
「なんだよ、聞きたいことがあるならはっきり言えばいいだろ」
面倒くさそうに浬はようやく姫の方へと振り返った。しかし、言いづらいのかなかなか言葉に出せずにいる。
「親のことか」
姫は少し動揺するも、小さく頷く。
監禁された社長たちに食事などを運ぶのは浬が担当している。姫は幼い分、気持ちが揺らぐ可能性が高いかもしれないから、あの部屋に近付けさせないようにと鴇から命令を受けていた。やはり肉親に会えば迷いが生じるのは当たり前のこと。浬自身、自分の親の前で平常心を保ち接するのは慣れることではない。
浬は何も言わない姫を前にしばらく考え込んだ末、また大きなため息を漏らした。
「今夜、鴇は研究資金を増やすためにお偉いさんと会食することになってる。その間なら、カメラに細工してお前が来たことを隠すことはできるはずだ」
「いいんですか?」
「5分だけだ。余計なことを吹き込まれて血迷ったら俺が迷惑だからな」
「はい!」
姫はあどけない笑顔を浬に向ける。そんなあどけなさの残る少女の姿に浬は難しい顔をしながら、またガラス越しに鴇を見つめた。
「どう足掻いても変えられやしない」
そう呟いた声は秘めに聞こえることはなかった。
そして夜を迎え、鴇はドレスアップし、社長室から出てくる。入り口で待機していた浬と目が合うと、いつものきつい目付きを向けた。
「2時間もしないで帰れるけど、その間にまた余計な外出をしようなんて考えないでおいてね」
「どうせそこら中に監視カメラが見張ってんだから行けるわけねーだろ。それにあれっきり、おとなしく従ってるだろ?」
そう返すと、鴇はふんと鼻で笑う。
それ以上なにも言わずに会食へと向かった鴇を見送ると、浬はすぐさま監視カメラを操作し出した。幼い頃から知識を叩き込まれた浬にとって、監視カメラに細工するなんて動作もない。
細工が終わり、浬は手元に置いた無線機に話しかける。
「いいぞ」
その声に反応はなかった。だが、通路を写したカメラには姫が歩く姿が写し出されている。監禁場所へ向かったのだろうと確信し、浬は規則正しく進む時計の秒針をじっと眺めた。
「失礼します」
姫は慎重にドアを開ける。そこには少し警戒した面持ちの4人の姿があった。しかし、その表情は姫を見た瞬間にがらりと変化した。どこか驚いたような、戸惑ったような表情だ。それもそうだろう。こんな幼い少女が現れたら戸惑うし、不思議に感じたに違いない。
どうしてこんな子供が? とでも言いたげな顔を浮かべながら、由紀が恐る恐る口を開いた。
「あなたも……未来から来た組織の人なの?」
姫の父親である修司はまだ自分の娘だと分かっていないようで、どこか冷たい目を向ける。
「君みたいな子までこんなことに荷担するなんてな……」
「どうでもいいです。あなた達の感想を聞きに来たのではありません」
姫はひどく波打つ鼓動の音を聞きながら、なんとか理性を保つ。
「あなた方は爆弾をもう既にこのビルに仕掛けている。それは時限爆弾なのですか? それとも、何かしらの起爆装置があるのか教えていただけないでしょうか?」
「そんなことみすみす敵に教える訳がないだろう!」
修司が憤怒したように答えた。
「待ってくれ。修司くん、落ち着きなさい」
幸太郎が静かに制止を求める。
「君は樋渡の娘さんだろう? 爆弾を聞きに来たのは組織のためか? それとも自分の意思かい?」
その問い掛けに、姫は少し迷ったように口を閉ざす。そんな少女の姿を修司が困惑した顔で見つめていた。
「姫……お前まで」
彰と由紀の子供が組織を仕切っているのはなんとなく受け止めたが、まさか自分の子までもが組織の一員だとは夢にも思わなかったのだろう。今は顔を歪ませながら落胆する修司に、姫はどこか切ない瞳を向ける。
「ごめんなさい。今は詳しく話している時間がないのでこれだけ言わせてください。わたしは自分の意思でここへ来ました……鴇さんの指示ではありません」
「なら君は俺たちの味方なのか?」
彰が冷静な口調で訊く。
「味方かと聞かれれば、はっきりそうですとは言えません。けど、爆弾のことを聞きたいのは……未来を守るためとだけ言わせてください」
姫の言葉に修司以外が目を合わせ、どうするべきかと意思を探る。だが、誰かが決断するよりも先に俯いていた修司が答えた。
「教える。君が知りたい情報はなんでも言おう」
「樋渡さん、大丈夫なんですか!?」
「これが鴇や浬に漏れれば」
自分の子供である前に、今は組織の人間として世界を壊そうとしている。姫もそのひとりなのだから、教えることに抵抗感があるのは当然だ。それでも修司の目にはもう迷いは一切なかった。
「ここに監禁されてから姫が来たのははじめてだ。何かの画策なのかもしれないが、こうして会いに来てくれた我が子を疑うのは嫌だ……姫は俺の娘だから信じる」
そう面と向かって言われ、姫は思わず顔を背けた。
「もう一分もありません。話すなら早くしてください」
姫は泣きそうな自分を必死で押さえ込みながら、修司に冷たい口調を投げる。
「分かった」
修司は口を開く。
話が終わるまでの間、浬は一部始終をパソコン画像から見つめていた。
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