母の日
さすが、ゴールデンウィークなだけあって、都心の人通りは多い。高校生から、老人まで、いろんな年齢層の人達がたくさん歩いている。
「すごい人の数だね」
咲は、人の多さに驚いている。鯉のぼりを見に行った時も人の数は多かったけど、都心は人の数はもちろん、人口密度がすごい。まるで、満員電車に乗っている気分だ。
人混みを見て、昔、コミックマーケットって言う、大きなイベント起こった出来事のニュースを思い出した。室内に人が多過ぎて、雲みたいのができたらしい。
「ここにいる人達、室内に入れたら雲できるかも」
そんな空想を考えるほど、人が多い。
「光と手を繋げるように、なっていて良かった」
「そうだな。少しでも見失ったら、見つけることが大変になるかもしれない」
咲は、震える手で俺の手を強く握る。
「絶対に離さないからね」
「俺も離さない」
俺も強く握り返した。
「光、あそこだよ!」
咲が指さす方向には、母の日フェアと書かれたパネルが飾られているビルがあった。
「咲、俺の手しっかり握っていてね」
「うん」
咲の手を離さないようにして、人混みをかき分けて、ビルの中に入った。
「着いたー」
ビルの中に入ると、咲は一息ついた。
「建物の中も人が多いけど、外ほど多くないな」
ここなら、咲とはぐれる心配がない。
「光、その、ありがとう」
咲の手を今も繋いでいることに、気づいた。
「あぁ、悪い、気づかなかった」
咲が、長い時間、手を繋げるようになった。手が繋げられるようになった影響で、どれくらい手を繋げばいいのか、わからなくなってきた。
「光と手を繋ぐのが、嫌だって訳じゃなくて、私の心拍数がすごくて」
咲は、顔を赤くしながら、事情を説明する。外を歩いている時は、はぐれないようするのが、精一杯で咲の顔を確認していなかった。もしかしたら、手を繋いで歩いている間、ずっと緊張していたのかもしれない。
「気にしないでいいよ。咲は傷つく言葉は言わないこと、知っているから」
「ありがとう」
ゆっくり繋いでいた手を離した。
「ちなみに、今回は心の中で何回ビンタしそうになった?」
「えーと、十五回ぐらいかな」
トラウマの克服まで、まだまだ先は、長いようだ。
しばらく、その場で休憩したら、母の日フェアを開いている会場の中を散策し始める。
「ねぇ、いろんな物あるね」
「お酒にお菓子、化粧品まで、選択肢がありすぎて、わかんなくなるな」
「光、どれが良いかわかんなくなってきた」
咲の顔を見ると、混乱している感じに見える。
「まず、残る物か無くなるものかで、決めたらどうだ?」
「んー、せっかくの大学生活一年目に買う物だから、残る物が良い」
「そしたら、次は、大きい物か小さい物かで決めよう」
「あんまり、大きいのも、置き場所に困ると思うから、携帯できるぐらいの小さいやつかな」
「次は、よく使う物か、そうじゃないか」
「よく使う物にしたいな。実際に使っているのを見て、喜びたい」
残る物で、小さくて、よく使う物か。お母さんだから、手鏡や髪をとかす櫛(くし)に、アクセサリーなどか。
「そこまで、絞れたら後は、条件に当てはまる物を重点的に見て行こう」
「うん」
咲と、母の日に贈る物を探す。母の日フェアの会場は広く、奥に進めば進むほど、新たな店が現れる。一体どれだけの規模で『母の日フェア』を開いているんだ?
咲のお母さんに贈る、贈り物を探して三十分以上経った。
「光、連れ回しちゃってごめんね」
いろんな店を見て回ってみたが、なかなか、咲が良いと思える物に巡り会えなかった。
「贈り物で迷うってことは、それだけ、その人のことを考えてあげている証拠だよ。気にしないで、納得するものが見つかるまで探そう」
「ありがとう」
咲は、お礼を言っているが、表情を見ると少し焦りを感じているように見えた。煮詰まると良い物を見つけても、見逃すことがある。一旦気分転換するか。
「いろんな飲み物も出ているみたいだから、一回休憩しよっか?」
「そ、そうだね。頭がパンクしそうだった」
少し歩くと、飲み物を販売している店を見つけた。座る場所もあるみたいだ。
「あそこにするか」
「うん」
咲と、その店中に入る。
飲み物を注文したら、番号札を渡された。
「席に座って、お待ち下さい」
店員さんに、そう言われたので、空いている席に咲と座る。
「都心に来て、初めて座った」
咲は、そう言うと、顔がほころんで、笑顔になる。リラックスしているみたいだ。
「こっちに来て、二時間歩き続けていたからな。足が、ふらふらだ」
「だよね。光が休憩を提案してくれて、良かった。ありがとう」
「あぁ」
正面から感謝されると、どんなリアクションをしたら、良いかわからなくなる。気が利いた返事が出来なかった。
店員さんが、ドリンクを運んでくる。
「咲は、何頼んだっけ?」
「抹茶ラテだよ。光は?」
咲は、かき混ぜて抹茶の上に乗っていたクリームを溶かしてから、一口飲んだ。
「レモンティーだな」
一口飲んでみる。レモンの味が強いけど、さっぱりできていい。
「光、あっさりした飲み物好きだよね」
「そうかもしれない。ミルクティーとか、こってりしている飲み物あんまり飲まないな」
咲に言われて、思い返してみる。昔から、こってりした飲み物を飲まないようにしている気がする。自分で、こってりした飲み物を無意識に避けていたのに気づいた。
「咲は、特にあっさりしているか、こってりしているか、気にしないで飲んでいるよな」
「うん。私は、気分で飲む物を決めているから、あっさりしたもの、こってりしたもの両方飲めるよ」
「羨ましいな」
「飲んでみる?」
咲は、そう言うと自分が飲んでいた抹茶ラテを渡してきた。
「俺の口を付けていいのか?」
「光のなら気にしないよ」
咲は、笑顔で言ってくれた。拒絶されてないから、喜んでいいのか。何か言葉にできない複雑さがある。
「ありがとう。飲んでみるよ」
抹茶ラテを一口飲んでみる。抹茶の風味と生クリームの甘さが合わさって、美味しかった。
「どう?」
「美味しいよ」
「でしょ」
咲は笑顔で言った。
「俺のも飲んでみるか?」
「いいの? ありがとう!」
咲は嬉しそうに、俺の飲み物を取ると、一口飲んだ。
「レモンの味が強いね。でも、美味しいレモンティーだ」
咲は、満足した顔で、飲み物を俺に返す。
「次にここのカフェに来た時、抹茶飲んでみることにするよ」
「うん、飲んでみて!」
咲は、嬉しそうに返事した。飲み物を飲みながら、咲と休憩する。
しばらくすると、お互いの飲み物が空になり、母の日に贈る物、探しを再開することにした。
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