鯉のぼり

 咲と海に行ってから、数日経った。その日、遠藤教授から、またもやレポート課題が出された。


「先週は出さなかったのに、なんで今週は課題をだすのー!」


 目の前で、咲が愚痴をこぼしながら、レポートをやっている。


 今から数時間前、咲に、『放課後、一緒にレポ―トやろう』と誘われた。そして、授業終わりの放課後、前にレポート課題をやる時、集まった食堂でレポートをしている。


「まぁ、遠藤教授は、レポート課題が多い事で有名らしいからな」


「レポートなんて、イチゴを食べる時にあるへたと同じぐらい、いらないよ」


「なかなかの言いようだな」


「ねぇ、光」


「何?」


「これ終わったら、ご褒美を買いにコンビニに行こう」


「わかった。課題が終わってからな」


 咲は、それを聞いたら再び、レポートの課題を取り組み始めた。最初、一緒にレポートした時と比べると、咲は成長している。初めて一緒にやった時は、俺が、ほぼ全部教えている感じだったが、今は咲が聞いてこない限りレポートを教えていない。


「ねぇ、光。ここの問題って、こんな答えで合っている?」


「あぁ、合っているぞ」


「ありがとう」


 たまに、こういうやり取りをして、それ以外は黙々とレポートを解いていた。


「あー、疲れた。一旦休憩―」


 しばらくすると、良い感じの所まで問題が解けたのか、咲は休憩を取り始めた。俺も、良い感じの所まで解けたな。一旦休憩するか。


「光、一つ気になった事、聞いて良い?」


「なんだ?」


「お金って、どうしているの?」


「あぁ、それか。高校三年生の夏休みと冬休みに短期バイトして稼いだ金を使っている」


「偉いね。もう、高校生の時にバイトしていたんだ」


「咲は、どうしているの?」


「親から、月二万円お小遣いもらっている。本当は、自分で稼ぎたいけど、『学業に集中しなさい』って言われて、バイト禁止されているんだよね。」


「咲の両親、しっかりしているね」


「過保護だよ。夏休みの間だけでも、短期バイトでいいから、バイトして、お金稼ぐ経験をしたい」


 咲は口を尖らせて、不満ありげに言う。


「俺も、夏休みには一回、短期バイト挟みたいな」


 まだ、余裕があるけど、稼げるときに稼いでおきたい。


「一緒に短期バイト探しする?」


「それ、いいな。一緒に探すか。夏休みまで、まだ数ヶ月あるから、近くなったら相談しよう」


「そうだね。休みと言えば、来週ゴールデンウィークだよ。光は、何か予定ある?」


「最初の方だけ、家族と出かける予定あるけど、中盤辺りからは暇になる」


「私も、中盤辺りから暇だよ。リハビリもしたいから、一緒にどこか出かける?」


「そうだな。出かけよう」


「私、鯉のぼりみたい」


「鯉のぼり?」


「隣の市だけど、毎年四月下旬から五月下旬まで、河川敷に鯉のぼりをたくさんあげて、空を泳がせているんだよ」


「そんな事をしているのか。興味あるな」


「気になるでしょ? 私、鯉のぼりをあげていたのは知っていたんだけど、行った事ないんだ。一緒に行こう?」


「そうだな。行こう」


「やったー、行くこと決定。忘れないでね?」


 咲は、それを聞くと両手をあげて喜んだ。


「忘れないよ」


「ご褒美もできたし、レポートの続き頑張ろ」


 咲は、そう言うとレポートの続きをやり始める。


「俺も続きをするか」


 俺も、レポートの課題を再開した。その後、俺と咲は集中してレポートをして、無事に終わらせる事ができた。



 課題や大学の授業を受けているうちに気づけば、ゴールデンウィークに入っていた。


「もう、今日約束の日か」


 今日は、咲と鯉のぼりを見に行く約束していた日だ。ベッドから起き上がり、行く準備をする。


『おはようー』


 身支度している内に咲からメッセージがきた。


『おはよう。今、行く準備をしていた』


『私も今準備中―』


『集合は、九時に駅中であっている?』


『うん。大丈夫だよー』


『準備が終えたら、また連絡する』


『りょうかーい』


 メッセージのやり取りは、一旦ここまでにしとく。準備を終わらせよう。着替えて、朝食を食べ、歯を磨きに洗面所に行く。


「俺、顔色良くなったか?」


 ふと、入学式の日に鏡で見た、自分の顔を思い出した。あの日は、二週間も引きこもっていただけでなく、落ち込んでいたから、今と比べると顔色が悪かった気がする。


「母さん」


 ちょうど良く、母が洗濯した服などを取るため、洗濯カゴを持って洗面所に来た。


「どうしたの?」


「俺の顔色どう思う?」


「顔色? 普通じゃない?」


「そうじゃなくて、前と比べたらさ」


「あー、良くなったわね」


 母は、察したようで、顔色が良くなったって答えてくれた。


「そうだよね」


「今日は、出かけるの?」


「うん。友達と遊んでくる」


「気を付けてね」


 話ながら、洗濯物をカゴに入れていた母は、取り終えると洗面所から出て行った。俺は、歯磨きを始めて、準備を再開する。


「行ってきまーす」


「いってらっしゃーい」


 準備を終えた俺は、家を出て駅に向かった。


『今、家出たよ』


 咲にメッセージを送る。


『今、電車の中にいるー』


 咲も、準備を終えて、向かっているみたいだ。


 鯉のぼりが見られる場所に向かうには、集合した駅から、電車で乗っていく。咲は、集合する駅で電車を乗り換えないといけないので、そのタイミングで俺と合流する事になった。


「早く駅に行こう」


 足を速めて、駅に向かう。早めに着いて、咲を待とうと思う。


 しばらく、歩くと駅が見えてきた。電車が出るまで、後十五分もある。


「余裕だな」


 しばらく、駅でゆっくりできそうだ。


『後、どれくらいで着きそう?』


 咲にメッセージを送って、駅の中に入る。


『後、二駅で着くよー』


 もう少しで咲も着くみたいだ。スイカに今日の往復分、お金をチャージしとくか。発券機に行き、お金をチャージする。


『後、一駅で着くよー』


『了解』


 咲からのメッセージを見る。先に改札口を通って、駅のホームで待つ事にするか。


「一番線に電車が入ります。ご乗車の方は、黄色い線の外側で待ってください」


 駅内でアナウンスが聞こえる。来る電車は、咲が乗っている電車だ。


 少し時間が経つと、遠くの方から電車の姿を確認できた。電車が近づいて来て、駅のホームに入る。


『着いたよー』


 咲からメッセージが来た。咲は、どの車両から降りて来るんだ?


「いた」


 降りて来る乗客の中から、咲を見つける。


「咲―」


「あ、光。見つけたー!」


 咲は、俺を見つけると手を振って向かって来た。

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