元カノに浮気された俺と元カレに暴力受けていた彼女

るい

プロローグ

ある日の出来事

 恋愛なんて、自分の視野を狭くする心の牢獄ろうごくだ。春が訪れ、少し暖かくなった風に吹かれている俺は、心の中で、そう呟いた。


『私、光の事、彼氏だと思った事ないから』


 高校卒業式の日に、一年半付き合った彼女に言われた言葉が脳裏のうりによぎる。元カノに振られた日から、二カ月が経つ。俺は、女性の事が好きになれなくなっていた。人を好きにならないでいる事が、心の平穏を保っていられる。そんな気がする。


 過去に二度と恋愛をしないと心に誓っていた俺は、駅前で女性と待ち合わせをするという矛盾した行動をしている。


『買いたい物があるから付き合って』


 一人でも行けると思える内容だったが、彼女の圧に負けて、付き合うと約束しまった。それに、彼女と俺には、みんなに言えない、ある秘密があった。その秘密を果たすには、会わないといけない。


「お待たせー! どーん!」


 立っている俺の背中を手で思いっきり押された。こんな、ゴリラもびっくりするような、コミュニケーションをとってくる女性は、彼女しかいない。


桜木咲さくらぎさき……」


「なんで、フルネーム!?」


 ポニーテールでまとめられた黒髪を揺らして驚いた咲は、目を丸くしてこっちを見ていた。


「なんとなくだ」


黒崎光くろさきひかる


「なんで、俺のフルネーム」


「なんとなく?」


 これ以上、突っ込むのは面倒くさいから辞めよう。確か、向かう先は、あっちだよな。さっさと買い物終わらせて帰るか。


「あ、またこじらせた考え方したでしょー。これ、これー」


 咲は、そう言うと俺の頬をつつく。咲の顔を見た時、首筋にあるものが見えた、今日の咲が着ている服は、大きめな白のティーシャツ。恐らく、俺を突き飛ばした時に、服がずれてしまったんだろう。


「少し止まって」


「え」


 咲にそう言うと、服のずれを直して、それが見えないようにした。


「傷が、見えていた。周りの人が、その傷を気にするのが嫌なんだろ?」


「あ、ありがとう」


 咲は、頬を少し赤くして言う。この傷は、咲の元カレが付けたもの。咲は、高校時代、付き合っていた彼氏に、暴力をふられていた。これは、彼女が俺だけに明かしてくれた秘密。首元の傷以外にも何カ所か傷跡があるらしい。


「買い物、行くか」


「うん」


 さっきのテンションとは違い、咲は少し大人しくなってしまう。指摘してしまったのが、まずかったか。でも、気にしている傷を周りに見せたままにすることもできない。


「ねぇ」


 服のそでを引っ張られる。


「どうした?」


「手をつなぐ事、忘れている」


 彼女は、そう言うと照れくさそうに手を差し出してきた。


「リハビリの約束だもんな」


「そう、約束。あくまでリハビリとしてね」


 俺と咲は、お互い異性に恐怖心があった。そして、この恐怖心を克服こくふくするために、咲がある考えを俺に提案した。


『私と光、協力して異性恐怖症を克服するリハビリ関係を築こう』


 俺は、その時、今もかもしれないが、ひねくれていて、そこまで協力して、やる必要がないと思っていた。しかし、咲の熱量に押されて、この関係を持つことになった。


「咲、大丈夫か」


「平気よ。これぐらい」


「震えているぞ」


「うるさい」


 俺は、確かに女性の事が好きになれないでいる。だけど、手を繋ぐといった、コミュニケーションは、平気だった。しかし、咲は、恋人達がする手を繋ぐといった行為が苦手になっている。だけど、好きな人がいるらしい。この関係を咲が提案したのも、恐怖心を克服して、好きな人と普通に恋愛をしたいという気持ちからきている。


 でも、最初の日と比べれば、恐怖心はなくなっているみたいだ。最初の日は、手に触れた瞬間、ビンタされた。元カレに、手を引っ張っられ逃げられなくして、殴られていたことを思い出してしまったらしい。俺も女性恐怖症なんだけど、新たなトラウマ生まれかけていたという事は、口に出さないで、咲を許したのが、最初の日だ。


「咲、進歩したな」


「本当?」


 咲は、目を輝かせながら、こっちを見る。


「あぁ、本当だ」


「私、異性恐怖症、克服できている?」


 前のめりになって、聞いてくる。


「あぁ」


「やったー! 成長している私!」


 咲は、手を繋いだまま、大きく前後に振る。肩が外れるかと思った。さっきまで、緊張気味だった彼女は、成長している事に気づいて明るくなっている。これが桜木咲、本来の性格なのだ。恐怖心と戦っている時の彼女は、殻にこもっているように大人しくなってしまう。


「ねぇ、ねぇ、帰りにご飯食べようよ!」


「それ、約束に入ってないんだが?」


「こういう、お祝いできる日は、けちけちしない! 私の記念すべき日を一緒に祝ってよ!」


 このスイッチが入った咲は止められない。仕方なく、咲の言う通りに従う事にする。


「今日だけだからな」


「ありがとー! 光!」


 咲は笑顔で、お礼を言う。その後、俺達は買い物を済ませて、帰りに格安で美味しいチェーン店で食事をした。


 だけど、この関係は永遠に続かない。なぜなら、お互いの異性恐怖症が無くなるまでの間だからだ。もしかしたら、この関係が終わるのは明日かもしれないし、今日の夜かもしれない。いつ終わっても、おかしくないと思っている。なので、いつ関係が終わっても大丈夫なように、心の準備はしてある。


 そう、これは恐怖心を持つ者同士の協力関係で、成り立っているから。

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