8 宿泊会①

 試験も終わり、長い夏休みが始まった。

 試験の結果に合わせて補講が用意されるが、それらが始まるまではしばらくの猶予がある。セシルもレイも補講の該当者にはならなかったが、自主的に参加したい講義はある。他の遊び仲間たちには成績が危ない人もいるため、補講が始まるよりも早くレイの家の別荘での宿泊会は開催されることとなった。


「想像より豪華だったよ、あんたの別荘」

「そうかなあ。ちょっとしたものだよ」


 置かれている家具が全て上物であるのは言うまでもない。だが置かれているランプの一つひとつが特殊な魔術が織り込まれた高級品であったり、壁や床にさりげなく金の装飾があしらわれていたりするのは、「ちょっとした」の範疇を明らかに超えている。


「セシルの家も別荘あるでしょ。セシルのお父さんのことだから豪華なんじゃないの」

「あいつは見栄っ張りだからね。外側だけさ。蓋を開けたら大したものじゃないよ」


 そっか。レイは一言呟き、それ以上は踏み込まないとばかりにテーブルとソファーを指さした。


「じゃ、皆が来る前に家具動かしちゃおう」

「えー、このままでいいじゃん」

「だめ。皆が座れない」


 聞けば、しばらく前にレイと彼の婚約者でこの別荘に遊びに来たとき、ソファーを一つ他の部屋に移したらしい。他の皆がくつろげるように元に戻したい、というのが彼の主張だった。

 苦そうな顔で告げるレイを見ていると、そういえば彼の婚約者は我儘だったなと思い出す。メアリに付きまとわれているセシルに彼が同情的なのもわかるような気がした。


「レイってあんまり使用人に頼らないよね」


 彼の使用人も別荘には来ているが、今は買い出しに出かけている。他の面子が来るのはもうしばらく後だから、二人で家具を動かすことになる。

 使用人を連れているときでも、レイは使用人を頼ろうとはしない。出来ることは自分でやってしまおうとするし、一人で出来ないことをするときに頼るのはセシルだ。そして使用人に手を出されないために、使用人をわざとどこかに追いやる節があることにセシルは気が付いていた。


「僕の使用人だけど、味方じゃないからね」

「あんたも大変だよな」

「そういう訳だから手伝って」

「はいはい。仰せのままに」


 ソファーを動かし机を動かし、大勢が座れる状態に戻していく。魔法でソファーが軽くなったらいいのに、なんてぼやくと「僕らの魔法では無理だね」と彼は笑った。


「今日誰が来るんだっけ。メアリ来ないよね?」


 確か泊りに来るのは男子がレイとセシルを除いて数名、その数名の男子と仲良くしている女子が数名だったはずだ。その女子の中にメアリはいないはずだったが、レイの家の別荘で宿泊会があることは知っている人は、メンバー以外にも何人かいた。聞きつけたメアリが参加したがったとしても不思議はない。


「誰かが突然誘わない限りは来ないよ。僕もメアリさんが来たいって言ったら断るつもりだったし」

「さすがに人の家の泊まりに飛び入り参加、は非常識だよね。レイの家だし。来ないか」

「うん。気にしなくていいと思う」


 セシルがほっとしたのも束の間。レイの使用人に連れられてやってきたメンバーの中には、絶対に会いたくない顔がいた。


「うわー、セシル気の毒」

「俺帰ってもいい?」

「僕の召使い一号がいなくなるのは困る」

「引き留めるならもう少しマシなこと言ってよ」


 こそこそと会話をしているうちに、メアリがすっとセシルの近くまで歩いてくる。露骨に嫌な顔をしてしまったが、彼女はめげることはなかった。


「昨日アンナさんに誘っていただきましたの。二日間一緒に過ごせて嬉しいですわ」

「それ、俺じゃなくてレイに言って。あと家主に断りもなく泊りに来るのは非常識だと思う」


 セシルが冷たい声で言うも、メアリはしれっと「連絡したつもりだったのに、何かあったのかしら」とぼやいている。嘘をつけ、と言いたい気持ちは山々だったが、取り巻きと化した女子たちが「セシル様が照れているわ」と小声で話しているのが聞こえて諦めた。もう何を言っても無駄だろう。


 溜息を堪えていると、レイがぽんぽんと肩を叩いてくる。「出来るだけ助けてあげるから」とその唇が動いた。


「セシル、悪いけどお茶淹れてきてくれる?」

「うん。キッチン借りるね」

「じゃ、皆座ってて。僕はお菓子用意するから」

「レイ様にそんな」

「もてなすのは僕の趣味だよ」


 キッチンに来ようとするメアリを含む女子たちに、レイがウインクする。王子の肩書を持つ美形のそれは非常に似合っており、女子はおろか後ろにいた男子でさえも顔を赤らめる事態となった。普段なら「また人を誑かして」と言って揶揄うところだが、今はそれが有難い。


 レイが助け舟を出してくれるとはいえ、この宿泊会の間メアリがずっと付きまとってくるのだと思うと、肩を落とさずにはいられなかった。

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