第20話 その男は謀れない(20、甘くない)


「この前、久しぶりに金縛りに遭ったんだよ」

榊は不機嫌な顔で、兄・晄一郎へ語り出した。店の机に向かっていた兄は、うんうんと頷いて、続きを促す。

「何か身体に乗ってんなと思って。そこまでは良いけど。いや良くもねぇけど。で、見たらさ、菫だったわけ」

「芽吹さん?」

「そ。姿形だけのな」

言いながら榊は思い出したのか、ますます不機嫌な顔になる。拳を握り始めた。

「嫌な顔でニタニタ笑っててさ、そいつ。姿真似ただけで騙せる、ダメージ与えられると思ってる根性が気に食わねぇ。金縛り仕掛けて来て、しかも恋人の姿で変な顔しやがって、すげー腹立ったから」

「何となく分かってきた」

晄一郎の言葉に、榊は怒りを含んだまま笑う。

「根性で跳ね起きて、大事な恋人の姿で誑そうなんざ百億年早ぇんだよ!!って殴り飛ばしてやった。部屋から吹っ飛んでったし、今はもう来てない。また来たら殴り飛ばす」

晄一郎は既に爆笑していたが、落ち着いたのか口を開く。

「芽吹さんには話したの?」

「話したよ。流石ですね、って褒められた」

晄一郎は再び笑い出す。目には、涙が浮かんでいた。

「本当に素敵な二人だよ、晃たちは。百億年早いは素晴らしいね。今度僕もやろうかな」

「そんな機会あちこちであってたまるかよ。思い出しても腹立つ」

まだ笑いの余韻が残る兄に、榊は重い溜息をついて答えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る