第10話 清らかなる夕立(10、ぽたぽた)


ぽたぽたと滴る音だけは、聞こえている。

菫は横断歩道の向こうからの視線を、必死に無視していた。人らしき形をしたモノが、身体中からどす黒い液体を滴らせながら佇んでいる。佐和商店へ向かっている途中で、迂回路も無い。夕暮れ時の薄暗さも相まって、おどろおどろしく不気味だ。信号が青に変わる。菫は平静を装い、足早に渡る。向こうもゆっくりと歩いて来た。

(動くやつなんだ……)

菫は内心肩を落としつつも、慎重にそれとすれ違う。一瞬のことだったが、ぞわりとした。

「……視えてるんでしょ」

すれ違い様に呟かれたが、菫には想定済みだ。さして動揺もせず、そのまま距離を取る。

(何回言われても慣れない……)

悲しくなってきた菫は、歩調を速めた。後ろからゆっくりと、ぽたぽた、ぽたぽた、という音がついてくる。全速力で走ろうかと思ったが、向こうの方が速かったら詰んでしまう。菫は努めて冷静に歩いた。後方で、ゴポゴポという水音のような音がする。

(マズいかも)

菫は駆け出す。後ろは怖くて見れない。断末魔のようなものが聞こえたと思ったら、雨が降って来た。清々しい酒の香りの。顔を上げると、榊が一升瓶を抱えて立っていた。店の前。

「景気良い夕立だろ?すみちゃん」

「……そうですね」

恐ろしい気配は消えている。菫の髪から滴る雫を掬い取り、撫でながら、榊は笑っていた。











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