第10話 旅路へ
「まず、さっきやったのは、君がこれから何をするべきか、君にこれから何が起こるのかを知るための占いだ」
テントに戻って、またタバコに火を点けて、大きく息とけむりを吐き出してから、まじない師が言った。
「知ってるかもしれないけどもね、ここの大穴は不思議なところで、霧が深くて人は穴の中に行くことさえ出来ないのに、まじないを行うと生き物が出てくるんだよ。その出てくる生き物で、その人の知りたいことを知るのさ」
話しながらまじない師はタバコのけむりを、テントの後ろの大穴の霧へ吹きかける。
先程のまじないでとても疲れたらしく、片手で自分の頭を支え、もう片方の手でタバコを持ちながらズリズリと体を横たえながら話を続けた。
「そもそも、クロタカナミに飲まれた人たちに会いたいって相談は、あきらめるように諭すんだよ。飲まれた人は、みいんな、『極楽の島』へ行ってもう戻ってこないからねえ」
「極楽の島ですか!?」
「そう、最果ての海の集落からたまに見えるっていう島だよ。そこにカミエ様に呼ばれて、もう戻ってこないんだ」
「あのう、すみません。カミエ様って、何ですか?」
僕は、昨日からずっと疑問だったことをやって訊けた。
するとまじない師がガバっと起き上がった。目を見開いている。
「ええっ、知らんのかい?」
僕はうなずく。
「俺もこの村に来るまで聞いたことありませんでした」
ケンちゃんもそう言うと、はあー、と息を大きく吐き出した。
「最果ての海の集落は、クロタカナミが良く起こる場所なのにねえ。ああ、だから、クロタカナミの知識もカミエ様の事も知らないのか…」
「カミエ様は、この世界そのものであり、この世界を統べるお方だよ」
「世界を統べる…?」
「そう、雨も海の波も、雲も、クロタカナミも、この世界の生き物の生き死にも、この方が全て決めておられるのさ。そして、カミエ様が極楽の島へ人々を呼ぶ行為がクロタカナミだ」
「僕たちの集落では、極楽の島は死んだ人が行くところだと聞かされていました」
そう言いながら僕は、クロタカナミの最中に年寄りが「極楽の島へ行くだけだ」と若い母親に言い聞かせていた光景を思い出していた。
まじない師はうなずいた。
「そう。極楽の島はカミエ様に一番近い所だからねえ。そこでは死んだ人も生きた人も区別なくカミエ様の一番近くにいられるんだってさ」
「話を戻すけどねえ。クロタカナミから基本のがれた人はいないんだよ。でも君は飲まれなかった。それどころか夢魚と一緒に残された」
「夢魚って何ですか?こいつを見たとたん、集落の皆はものすごくこわがっていました」
「夢魚はねえ、クロタカナミが起こる前に現れる、魚でもトカゲでも鳥でもなんでもない生き物だよ。別に出てくるのはクロタカナミの時だけじゃあない。何もなくても出てくる時だってある。でもクロタカナミが起こるとほぼ同時に出てくるのさ。その見たことのない姿で、夢魚がクロタカナミを呼ぶと言われるけれど、クロタカナミを起こすのはカミエ様であって、夢魚じゃあない。夢魚は何のために出てくるのかは、俺はわからんねえ」
「それでねえ、まじないで出てきたのがカメだったろう。カメはカミエ様の使いだと言われているんだ。だから神聖な生き物として皆にあがめられているんだよ」
「その神聖な生き物が穴の底から出てきた。しかもありゃ何か持ってたなあ。あれ何だったんだい?」
「貝がらです」
「思い当たることはあるかい?」
「全く同じ種類の貝がらを、集落の子にあげたことがあります。その子もクロタカナミに飲まれていなくなりました」
それを聞いて、まじない師は難しい顔をしながら大きく頷いた。
「カミエ様の使いに、クロタカナミに飲まれた子と同じ貝がら…」
まじない師は意を決したように起き上がり、僕に言った。
「君はカミエ様に一番近い、極楽の島へ行かなくてはいけない。そして、カミエ様にお会いしなくてはいけない」
「僕の集落では、人が死ぬとその人を小舟に乗せて特別流れの早くて複雑な潮に流しました。船に乗ってその潮の流れで島に行くんですか?」
「いや、それは死んだ人の極楽の島への行き方だ。生きた人間の行き方はまた違う。陸を伝って行くんだ」
「いいかい、良くお聞き。この村から出ている街道を伝って、この大陸のもう一つの大穴へ向かいなさい。その大穴の近くには二ノ町、三ノ街があるから、食料などはそこで買い足すと良い」
「三の街は大きくその外れから森がつながっている。その森に入ってまっすぐこの大陸の果てを目指しなさい。森の中にはいくつか集落があるけれど、海賊たちもその辺をうろついているから気を付けな。海賊たちは夢魚をあがめている。夢魚を見つけては集めているらしいから、その夢魚もぬすまれないように」
「森の中の集落をいくつか越えて、森の果て、この大陸の果てに神殿がある。カミエ様をおまつりしている神殿だ。そこにはカミエ様の声を聞く巫女がいるらしい。その巫女にどうしたら良いか聞くんだ。きっと巫女がその先、極楽の島への行き方を案内してくれるだろう」
まじない師と別れた後、船工房の親方の奥さんから、針と糸を借りた。そして布のはぎれを少しゆずってもらった。
僕の服の裏側に貝がらを置き、その上から貝がら全てを覆うようにはぎれを重ねて、はぎれと服の間を何度も何度も針を往復させて、固く、かたくぬい付ける。貝がらを隠すように。
針を動かしながら、僕は今日まじない師に言われた事を頭の中で何度もくり返していた。
カミエ様はこの世界を統べる。そしてこの世界そのものでもある。
クロタカナミはカミエ様の意思で起こるもの。クロタカナミが起こると、誰もにげられない。クロタカナミに飲まれると、極楽の島へ呼ばれる。
夢魚はクロタカナミが起こる時に現れる不思議な生き物。でもクロタカナミが起こらなくてもたまに現れる。
僕は、カミエ様に会いに極楽の島を目指さないといけない。
まじない師の言う事が本当なら。
僕は極楽の島で、集落の皆と会えるかもしれない。
母さんと。アマモと。
集落の皆を、返してもらえるようお願い出来るかもしれない。
そしてまた、あのきれいな海で、僕のいつも通りの生活を取り戻せるかもしれない。
そう思うと、希望と同時に、僕は今、僕の今までの暮らしを無くしてしまったんだと思い知らされた。
僕は、昨日まで会えた母さんに会えない。
昨日まで会えたアマモに会えない。
昨日までくり返していた、少したいくつだけど、平和できれいな日々に戻れない。
今日からは、分からない事や知らない事ばかりに出会うんだ。
胸の奥がズシリと重い。
針を止めて、別のことをしたくなくて、何度も糸を通してはぎれを何周もぬいつけてしまった。
「ギュイ!」
はっと気がつくと、アビが僕にすり寄ってきていた。
アビに刺さったら危ない。
急いで針仕事を終わらせた。
アビをカゴに抱えて奥さんに針と糸を返す。
辺りはもう夕方になっていて、まじない師から戻る途中に、野生の木の実を少し口にしただけだと思い出した。
奥さんと他のお弟子さんたちが夕飯の支度をしていたから、僕も手伝う。
初めて見た野菜だったから、同じ野菜を切っていたお弟子さんの手元を見せてもらって真似をしながらなんとか皮をむいて、種を取って、切った。
夕飯の時間に、食べ始める前に親方が僕に聞いた。
「そんで、どうすんだ」
僕は答えた。
「極楽の島へ行きます。カミエ様に、集落の皆を返してもらうようお願いします。明日発ちます」
皆が息をのんだが、親方は一言だけ「そうか」と言って、この話はおしまいになった。皆食事を食べ始める。
アビの口へさじを運んでいると、また奥さんが途中でかわってくれた。僕も急いで夕飯を貰う。僕が切った野菜はガタガタで一目でわかったけれど、奥さんが上手に煮込んで気にならないように料理してくれていた。
翌朝、また皆が寝静まっているころに起きた。
庭のそうじを行う。昨日僕たちが出ていた時に、他のお弟子さんに追加でそうじされていたところも掃く。チリトリの場所も昨日のうちにお弟子さんの一人に聞いておいたから、ごみをチリトリで集めてゴミ捨て場に捨てる。
そうじが終わったころに、やはり朝食の支度が始まっていたので、手伝いを申し出る。
「いいから荷造りをなさい」
そう言う奥さんに、もう終わったから、と断って、いもを洗う。
途中でアビがカゴから顔を出し、僕にじゃれついてきた。ナイフが危ないので手を伸ばしてアビが触れないよう皮をむいていると、奥さんがアビを抱きかかえた。
「今日で行っちゃうのねえ。アビちゃーん」
人間の赤ん坊のように、優しくゆらしながらなでてくれた。奥さんが言う。
「あのねえ。本当に、人を頼るのよ。困ったなら、困ったって素直に言うのよ。男の子には難しいかもしれないけども。旅は長くて、アビちゃんはまだ小さいんだから、ね」
僕は、それを聞いて今更になってやっと、そうか、僕はこれから大変な旅をするのだ、と気付いた。最果ての海から、その反対側の大陸の果てに行くのだから、当たり前なのに。
朝食の後、ケンちゃんに呼び止められた。
「ごめんな、一緒に行ってやれないんだ」
やっぱり、と僕は思った。昨日まじない師の所からの帰り道から、ずっと僕に何か言いたそうな顔をしていたから。
「俺は最果ての海の集落に戻らないといけない。それが俺の家の役割なんだ」
家の役割。ひどく久しぶりに聞いた気がする言葉だった。
最果ての海の集落では、家ごとに特別な仕事を任されていた。
死んだ人を船に乗せて極楽の島へ行けるという潮に流す家。
集落で使う布に集落の模様を染めたりししゅうをほどこす家。
生まれる子供を取り上げる家。
僕の家の役割は、集落の本の管理だった。
「俺の家は、クロタカナミが起こった時に集落を片付けて、立て直すのが役割なんだ」
ケンちゃんが言う。
「だから、俺は集落を出て一ノ村で暮らしていたんだ。船大工になれたら集落を助けられるし、万が一集落でクロタカナミが起こっても、俺だけでもにげられるように」
「でもケンちゃん。僕、カミエ様に会って、集落の皆を返してもらうように言ってくるんだよ。皆戻ってくるんだよ」
やめてほしい。そんな、後片付けなんて。戻ってきた皆が困るじゃあないか。
ケンちゃんは少し困った顔をした後、言った。
「ばっか、食べ物とかくさっちまうだろ。家だって誰かがそうじしてないとすぐダメになっちまう」
少し笑いながらだったけれど、まるで大人が子供を言い聞かすような笑顔で、僕は何だか納得がいかなかった。言っている事は正しいから、しぶしぶうなずいた。
「本当はせめて、二ノ町まで案内してやりたいけれど…ごめんな。なるべく早く集落に戻りたいんだ」
そう言った時の顔は、僕が知ってるケンちゃんの顔で、だから、僕は今度はしぶしぶではなく、うなずいた。
出発の時になると、皆が工房の前に出てきて見送りしてくれた。
お弟子さんたちからは、「旅のせんべつ」と言って、古着や体を洗う灰や歯をみがくブラシや、髪の毛をとかすクシや、がんじょうなヒモや、お菓子を持たせてくれた。
話したことのないお弟子さんも、何かしらをくれた。
親方からは、うで飾りをもらった。
「困ったら、これを見せろ。一ノ村の船工房の弟子の印だ。一人ひとりの柄が違うから、誰かにそれを持たせて俺の所に送っても、お前からだって分かる。がんばるんだぞ」
親方の奥さんからは、ふかしたいもを固めた保存食を沢山くれた。
「これなら、そのままでもお湯に溶いても食べられるからね。アビちゃんも。いい?二ノ町までは大きな道が通っているから、その道を行きなさいな。道なりにバナナが植えられているけれど、それは近くの集落の人たちが売るために植えたものよ。だけれど、その人たちが周囲にいなければ、食べて良いものよ。なるべく完熟の、ほおっておくと痛んでしまいそうなものからお食べなさいね」
「お世話になりました!」
僕は、頭を下げて大声であいさつした。
「元は大人しい性格だろうに。俺らに合わせておっきい声出して、よくがんばったなあ。気を付けてな」
すっかり気付かれていた事を初めて知って、顔が赤くなった。
「また、来ます。旅が終わったら」
顔を上げてそう言って、僕とアビは船工房と、一ノ村を出た。
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