第10話

 夢から覚めると、修治はぼんやりと窓の外を見る。窓の外はまだ随分と明るくて、帰ってきてから、長い時間は寝ていないらしいことが伺える。何となしに時計を見てみると、時計の針は三時半を少し回ったところだった。


 未だはっきりとしない頭の中には、先ほどの夢の内容が朧に浮かぶ。夢なんてすぐに忘れるはずなのに、再生される記憶は確かだった。


 夢の中で、さやは何故か怒った。理解できない。夢なのに、修治がさやを知らないことを示した途端に、さやは姿をくらましたのだ。どうしてだろう、と修治は思う。

それに、そのあとすぐに見た、幼い頃の夢だ。幼い頃に、確かに、修治はさやという少女と遊んでいた。けれど、遊んでいたということしか、思い出せない。今、現れたさやと、昔遊んださやが同一人物でないという確信が、何故かある。確信というよりも、信じられないというほうが正しいかもしれない。どうしてそう思うのかも、修治には判らない。先ほど、夢の中では思い出しかけていたのに、どうしてか思い出せない。


 今日、さやと会ってから、修治は判らないことだらけだった。


「さや、か……」


 呟いて、修治はベッドから起き上がった。自分が思い出せないなら、母なら知っているかもしれない、と思ったのである。


 先ほど不機嫌に部屋に引き上げたことも忘れて、修治はまた一階の居間に行く。やはりそこには同じように母の姿があった。しかし今度はテレビを横目に洗濯物をたたんでいた。上機嫌らしく、鼻歌交じりに作業をしている。


「母さん」

「ん?」


 声をかけると、母は洗濯物から目も離さずに声を返した。こちらも先ほど、修治に袖にされたことを忘れているようだ。


「俺さ、小さい頃、よく家で遊んでたよな」

「なに、急に」


 ふふ、と笑って母は次々とタオルをたたみ、積み上げる。


「いや、何となく。でさ」

「うん?」

「俺、女の子と一緒に、毎日遊んでた時あったよな?」


 修治がそう言うと、母は急に怪訝そうになり、修治を見上げた。そして、首を傾げる。


「女の子とぉ? あんたが小さい頃に? 遊んでないわよー何言ってんのー」


 からからと笑い飛ばして母は再び、鼻歌交じりに作業に戻る。幼い頃は友人も少なかったが、女の子の知り合いはもっと少なかったらしい。そんな修治の交友関係において、女の子と遊んでいたなら、滅多なことだ。母が覚えていない筈がない。なら、修治の捏造した記憶ということになりそうだ。


 それでも、修治は首を捻りながら、懸命に言う。どうにか思い出して、母から話を聞きたいのだ。


「あれ?いつだったか、夏にさ……ほら、確か…」


 眉間に皺を寄せて考える修治の頭に、一筋また、何かが掠める


「そうだ!ばーちゃんが…!」


 言った瞬間に、バシッと閃光が走った。不意に、修治の目の裏に、映画のように映像が流れる。


***


 ぼんやりと暖かい感じがする。視界一杯を占領した世界は、居間の風景ではない。それは現実であって、今でない過去の現実。修治の幼い頃の記憶である。けれどそこは、見慣れない部屋だった。白一色で統一したベッド、カーテン、壁の部屋。どうやら病院の一室らしい。


 今回は、穏やかでない場面だった。


「しゅうちゃん! いけんよ! 行っちゃいけん!」


 祖母が恐ろしい剣幕で修治の腕をつかみ、引きとめているところだ。それに対して、修治は一生懸命の抵抗を試みている。


「ばーちゃん! 約束したから行かないといけないんだよ!」

「しゅうちゃん、あんた、行ったら……」


 祖母は何事かを怒鳴ったのだが、不鮮明で聞き取れなかった。幼い修治は最後まで聞くことをせずに、祖母の手を乱暴に振り払って、そのまま走っていってしまった。


***


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