口唇口蓋裂として生まれて

龍神 昇

第1話 口唇口蓋裂を受け入れられなかった家族

 はじめまして。龍神 昇と申します。


 僕は産まれつきの奇形で口唇口蓋裂こうしんこうがいれつという形で誕生しました。上唇が裂け、鼻は潰れています。喉チンコが無い為発音がうまく出来なくてそれが原因で幼い頃から激しいいじめに合いました。


 僕は来年還暦を迎えます。


 僕はある日、1つのコラムに目が止まりました。それは非常に厳しい現実が書かれていました。まずはそのコラムを紹介いたします。


****


【口唇口蓋裂を受け入れられなかった家族】


 医師として関わってきた多くの子供の中には、忘れられない子が何人もいます。その中で、最悪の記憶として残っている赤ちゃんがいます。前回のコラムで、障害児の受容は簡単ではないと言いましたが、それが「死」という形になった子がいました。


【手術をかたくなに拒否する家族】


 産科から小児外科に連絡が来ました。先天性食道閉鎖症の赤ちゃんが生まれたのです。食道閉鎖とは文字通り食道が途中で閉じている先天奇形です。当然のことながら、ミルクは一滴も飲めませんから、生れてすぐに手術をする必要があります。食道は胸の中にありますので、赤ちゃんの胸を開く、難易度の高い手術です。


 そして赤ちゃんの奇形は食道閉鎖だけではありませんでした。


 口唇口蓋裂こうしんこうがいれつという奇形があったのです。口唇裂とは上唇が鼻まで裂けていることです。口蓋裂とは口腔と鼻腔を隔てている上あごが裂けていて、口と鼻の中がつながっている状態です。


 口唇口蓋裂は、形成外科の先生が何度か手術をすることで、最終的には機能だけでなく、美容の面でもきれいに治すことができます。


 私は赤ちゃんの家族に食道閉鎖の説明をし、手術承諾書をもらおうとしました。ところが家族は手術を拒否しました。


 赤ちゃんの顔を受け入れられないと言うのです。


 私は驚き慌てて、どうしても手術が必要なこと、時間の猶予がないことを懸命に説明しました。ところが家族の態度はガンとして変わりません。何とかしないと大変な事になります。とにかく時間がない。産科の先生たちを交えて繰り返し説得しても、効果はありませんでした。


 私は最後の手段として児童相談所(児相)に通報しました。


 児相の職員たちは、聞いたことのない病名にかなり戸惑っている様子でしたが、その日のうちに、3人の職員が病院を訪れてくれました。


 私は両親の親権を制限してもらい、その間に手術をしようと考えたのでした。児相の職員と赤ちゃんの家族で話し合いがもたれました。私はその話し合いが終わるのをジリジリしながら会議室の前で待ちました。


【ミルクを一滴も飲めないまま】


 話し合いは不調に終わりました。児相の説得も失敗したのです。では、「親権の制限はできますか」と職員に尋ねると、彼らは首を横に振って「あとは先生たちで解決してください」と言って病院を去りました。


 ここから先、何ひとつ話は進展しませんでした。赤ちゃんには点滴が入れられていましたから、最低限の水分は体内に入ります。しかし、ミルクを一滴も飲んでいませんから、日ごとに赤ちゃんの体は衰えていきます。


 やがて、家族は面会にも姿を現さなくなりました。児相の人たちの判断は、あれで正しかったのか。警察に通報した方がいいのか。いや、警察は何もしてくれないだろう。21世紀の現代にこんなことがあってもいいのか…と私は暗澹あんたんたる思いでした。


 もうあとは、餓死するだけです。


 小児外科と産科で話し合い、結局赤ちゃんは産科の新生児室で診ることになりました。したがって、私は直接赤ちゃんの最後の日々を目にしていません。のちに聞いた話では、一人の産科医が、時間さえあれば赤ちゃんのそばに寄り添っていたそうです。


 赤ちゃんの亡くなった後、病棟にはいつもと変わらない日常の風景が戻っていました。私にはそれが不満でした。


 これは小児外科や産科だけの問題ではない。家族が手術を拒否した時に、どう対処するかを病院全体で話し合うべき問題だと思ったのです。しかし、そういう問題意識の広がりはありませんでした。


 考えたくはありませんが、もしや医師の中にも、手術を拒否した家族に共感した、ということはないでしょうか?


 私は今になって思います。もっと別な方法はなかったのだろうかと。たとえば、障害とともに生きている子供とか、先天性の病気を治して生きている子供やその親たちを実際に見てもらえば、赤ちゃんの家族も手術を受けさせる気になったのではないか。


 この赤ちゃんの一件は、私の心の中にずっと暗い影を落としています。生涯忘れることはないでしょう。


****


 僕はこの記事を読んで怒りと悔しさで胸が痛くなりました。


 60年近く生きて来て、死にもの狂いで頑張って来た事全てを全否定された気持ちになりました。


 もしあなたの生まれてきた赤ちゃんが口唇口蓋裂ならば救いますか?見捨てますか?そしてもしあなた自身が口唇口蓋裂ならば、どう生きていきますか?


 次のお話しで僕が口唇口蓋裂としてどう生きて来たのかを綴っていこうと思います。


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