落ちこぼれ召喚士は、数の暴力で無双する
3人目のどっぺる
第一章 姉妹と婚約破棄
第1話 落ちこぼれ
「何をやってもダメな落ちこぼれはなぁ、一生俺の陰でおとなしくしてりゃいいんだよ!」
地面に倒れ込んだダインの目の前で、兄のギースが得意げにそう言った。
やや長めの黒髪をわざとらしくなびかせながら、ギースが一歩前へと進み出る。
そして、目の前のダインに向けて木剣を突き付けた。
「勝負あり! 勝者、ギース・アリステラ!」
審判員の声が響き、周囲が黄色い声援に包まれる。
その声援は、すべてがギースへと向けられているものだった。
「ギース様、今日も素敵でした」
「ギース様、汗が出ていますわ」
ギース様……、ギース様……、ギース様……
ダインとギースの決闘に勝負がつくや否や、『親衛隊』と呼ばれるギースの取り巻きの女子たちが、我先にとギースの周りに押しかけた。
そして、汗拭き用の布やらグラスに入った飲料やらを次々に差しだしている。
ダインはそんな光景を視界の端に捕らえながら、息も絶え絶えのまま一人固い地面に転がっていた。
目の前の兄とその周囲に集まる女性達の姿が、とてつもなく遠く見える。
本当なら近しいはずの兄という存在は、ダインにとってとてつもなく遠い存在だった。
ギースの取り巻きの女性達の数人がチラリとダインの方を見る。
ギースを見るときとは全く違う、その蔑むような視線。
それは、ダインの世間からの評価そのものだった。
その視線が、ダインたち兄弟の全てを物語っていた。
「あんたは、ギース様とは違う」
「兄弟なのに、なんでこんなにも違うのかしら」
「落ちこぼれ。よく恥ずかしげもなくギース様に勝負を挑めたものね」
「ギース様の血縁……剣聖の縁者でさえなければ、私達が引導を渡してやるのに」
ダインは、その目に慣れていた。
慣れてしまっていた。
昔からずっと。誰もが皆、そういう蔑みに満ちた目でダインを見てくるのだった。
何をしてもダメな才能無し。
出涸らし。
優秀な兄とは全てが違う落ちこぼれ。
「やっぱり……、僕はダメなのか……」
そんなことは、いまさら口にせずともダイン自身にだってわかっていた。
それでもどうしても譲れないものがあったから、兄に挑んだ。
そしてその結果がこの、これ以上ない完膚なきまでの敗北だった。
「くそ……、くそぉ……」
顔を覆った腕の下で、ダインは静かに悔し涙を流した。
今ここに、ひとつの恋が終わったのだった。
→→→→→
勝負が始まるや否や、ギースはダインが召喚した五体のゴブリンをほとんど一瞬でけちらしてしまった。
その動きはまさに超速。
それは、神に愛された天賦の才能に、さらに並々ならぬ努力を付与した者にだけ与えられる力だ。
そうして、勝負はほとんど一瞬でついた。
一気にダインの召喚体を片付けたギースは、ダインが作っていたダミーの本体を一撃で叩き伏せると、即座に本当の本体の位置を補足した。
そしてダインと直接剣を交え、一瞬で戦闘不能にしたのだった。
そうしてダインの一世一代の大勝負は、開始から五分も立たないうちにあっけなく終わってしまった。
絶対に負けられないと思って臨んだその勝負の結果は、ダインにとってこの上なく凄惨なものだった。
「ダインくん。残念だったわね。はい、これで汗拭いて」
そんなダインに、笑みを浮かべた一人の女性が近づいてくる。
艶やかな金色の髪をなびかせながら小走りでダインの元へと駆けよってきたその女性の名は、シルフィア。
ダインが、ずっとずっと恋をしているあこがれの人だった。
「ダインくんは、あのギース相手によく戦えていたと思うわ」
「そんなことは……」
「あるでしょ? 剣技では圧倒的にギースに劣っているダインくんが、私が教えた召喚術を駆使してあれだけの戦いを繰り広げたのよ。それは、誇っていいことだと思うわ」
シルフィアは本心からそう思っている。
本気で、ダインが
ギースとの比較でも、世間との比較でもなく、素のままのダインの実力を見て、シルフィアはそう言っているのだった。
それは、今のダインにとって涙が出るほどに痛かった。
それは、客観的に見てもやはりダインの実力がギースよりもはるかに劣っているという事を意味している。
そのことが、ダインには悔しくてたまらなかった。
「だから私は今、あなたの召喚術の指南役としてとっても鼻が高いのよ」
シルフィアの透き通るような青の瞳が細くなり、口元が少しばかり歪む。
その微笑を見たダインは、思わず顔を赤くして俯いていた。
胸がじんわりと暖かくなって、認められている嬉しさに涙がこぼれ落ちそうになる。
だが……
その直後、ダインは血がにじむほど唇に歯を立てた。
「でも僕は、兄さんに負けました」
「うん。でもあまり気にしちゃだめよ、そんなこと。相手は『次期剣聖』最有力候補のギース・アリステラだもの。負けて当たり前。明日からまた切り替えていきましょ。召喚体に意識を転写して制御する『召喚術』は、冷静さを欠いたら一気に操作の精度が下がる。これはもう耳にタコができるほど繰り返している話だけどね。……召喚士にとって最も大切なものは『冷静さ』よ。だから私達召喚士は、どんな時でも心の芯の冷静さを欠いてはいけないの」
そのシルフィアの言葉に、ダインは拳をきつく握りしめた。
シルフィアは、この決闘の意味知らないからこそ、そんなことが言えるのだ。
ダインは冷静でなんかいられるはずがなかった。
気にしないなんてこと、出来るはずがなかった。
この勝負は、ダインにとっては己の人生そのものを賭けた一世一代の大勝負だったのだから……
それだけの思いを賭けて、ダインは兄に挑んだのだ。
そんなダインとシルフィアの元に、ギースがゆっくりと歩み寄ってきた。
「おい、シルフィア。いつまでその愚図に付き合ってんだよ。……そろそろ行くぜ」
ギースはダインには目もくれず、そう言ってシルフィアに声をかけた。
「ギース。もう少しダインくんにやさしくできないの? ……あなたの弟でしょう」
「俺はこんな愚図の相手はごめんだね。シルフィア……そんなことを言うんなら、これからはお前が俺の分までダインに優しくしてやれよ。なんてったって、ダインはもうすぐお前の
「……」
一瞬、ギースの取り巻き達から悲し気な悲鳴が漏れ聞こえた。
だが、ギースが手を振るとすぐにそれは収まった。
「相手があのシルフィア様じゃね……」
「美男美女で、ともに優秀。悔しいけれど、とてもお似合いの二人だわ」
そんな小声を聞き、ダインは再び血がにじむほどに拳を握りしめたのだった。
どうにもならない思い。
ダインの世界で一番好きな人は、世界で一番嫌いな兄の……
婚約者なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます