閑話3 両親の夫婦関係

マリオンの母は、金庫の中の指輪ケースに目を向けた。そこにはマリオンが成人した時にクラウスが贈ってくれたサファイアの婚約指輪が入っている。高価なものなので、公爵の執務室の金庫に仕舞っていたのだが、マリオンが先日意識を取り戻した後、クラウスの希望で本来の持ち主の手元で保管されることになった。


母は指輪ケースを手に取って開け、マリオンに渡した。マリオンはおずおずと指輪を受け取り、台座に鎮座するサファイアをじっと見た。


「ほら、この婚約指輪を見なさいよ。自分の瞳の色の指輪を贈るなんて、貴女、本当に愛されてるわ」

「『愛されてる』?!私、そんな風に思えない。クラウスはすぐに怒って声を荒げるし」

「そうね。あの子の短気な所は直してもらわないといけないわね。でも彼が貴女のことを愛しているのは本当よ。婚約した時、貴女達はまだ成人前だったから、彼の両親は適当に見繕った婚約指輪を貴女に贈るつもりだったの。でも貴女が成人した時に自力で指輪を贈りたいってあの子は言ったそうよ」

「お母様、私、クラウスのこと、大嫌いまではいかないけど、好きでもないわ。でも公爵家のために彼と結婚しなきゃいけないのはわかってて覚悟してる」

「ごめんなさいね。貴女に兄弟を作ってあげられなかったから、貴女が公爵家の血を継いでいかなくてはならなくなっちゃって…旦那様も私も貴女には幸せになってほしいけど、この結婚を止めてもらうわけにはいかないのよ。クラウスさんは優秀だし、彼の実家との関係もあるから。でも大丈夫よ、女は愛されていれば幸せになれるわ。クラウスさんは貴女のことが大好きなのよ。貴女もいつか彼の愛に応えられるようになるはず」

「そうなればいいけど…お母様はお父様と政略結婚よね?でも仲のよい夫婦だわ。最初からそうだったの?」

「違うわよ。でも私はね、お見合いの時に旦那様を一目見てこの人以外と結婚したくないって思ったの。あ、でも旦那様には内緒よ、フフフ…」


いたずらっ子のように微笑む母は、結婚間際の娘がいるようには見えない。


「結婚してすぐに貴女を授かった後、2人目の子供を授かれなくてお義父様とお義母様に随分責められたわ。お義母様は、後添え候補だか、愛人候補だかの若いご令嬢のリストまで私に見せてきて…」


この国は一夫一妻制だが、貴族が愛人と庶子を作るのはよくある。庶子はそのままでは爵位を継げないが、正妻の養子にすれば話は別だ。マリオンは娘だから爵位は継げず、彼女以外に子供がいなければ、マリオンの夫が爵位を継ぐことになる。マリオンの祖父母はそれが気に入らなかった。自分達の血を受け継ぐ子供に爵位を継いでもらいたくて息子に愛人をあてがおうとして拒否された。


マリオンの母は自分がいるせいだと思い、身を引くつもりだった。その決意を知ったマリオンの父は、自分の父を引退させて両親を領地の別邸に追いやった。


「いったいどうやってお義父様に引退を納得させたのか、旦那様にいくら聞いても教えてくれなかったわ。でも『これで安心してずっと私の隣にいれるだろう?』って…フフフ…旦那様もクラウスさんと同じで不器用なのよ」

「お祖父様とお祖母さまってそんな人だったの?!」


マリオンが成人する前に亡くなった前公爵夫妻は、滅多に会えなかったが、孫娘には甘く猫可愛がりしてくれた。だからマリオンは優しい祖父母としか記憶していなくて驚いた。


「でも貴女がかわいい孫だったのも本当よ」


マリオンは大好きな母に抱きしめられて胸がポカポカと暖まり、不安が解けていくように思えた。

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