幕間6 執念

和臣が意識不明になった事故からちょうど3年経った日、和臣の母は息子の命が尽きかけていることを美幸に告げ、諦めて新しい人生を生きてほしいと願った。美幸はそれがショックで病院を飛び出し、事故に遭った。美幸にプロポーズしていた和臣の従弟で義弟の駆が間一髪のところで彼女を庇ったが、2人とも意識不明になったままだ。


それからというものの美幸の母は、見舞いの間、彼女の左手の薬指にダイヤの婚約指輪をはめてサファイアのペンダントを手に握らせて話しかけている。両方とも和臣からのプレゼントなので、美幸を力づけてくれて目が覚めるかもという一縷の望みをかけている。


その日、美幸の病室には美幸の母と麻衣がいた。母は美幸の左手を開いてダイヤの指輪を抜き、ケースに仕舞って自分のバッグに入れた。200万円以上する指輪なので、流石にお守りとして病室に置きっぱなしにするのは不用心だからだ。だが、サファイアのペンダントはそこまで高価なものではないし、事故の時にチェーンが切れたままなので、床頭台の引き出しに入れている。


「麻衣ちゃん、私はもう帰らなきゃいけないけど、どうする?車だから送っていけるわよ」

「おば様、ありがとう。でももうちょっと美幸の傍にいたいから残ります」

「そう?ありがとう」


美幸の母は床頭台の引き出しから細長いビロードのケースを取り出し、サファイアのペンダントを入れて引き出しに鍵をかけて病室を出た。美幸の母が病室の引き戸の向こうに消えると、麻衣は目を瞑ったままの美幸を憎々し気に見下ろした。


「あーあ、ほんとはここでヤっちゃいたいぐらいだけど…ばれちゃうのは嫌だからしょうがないね。でもその代わり、ペンダントはいただいていくよ」


麻衣は引き出しの鍵穴に針金を差し込んで何度かクルクルと動かし、引き出しを難なく開けた。その中にあるケースを開けてサファイアのペンダントを取り出し、空のケースを戻して引き出しを締めたが、鍵はかけない。


「あのダイヤの指輪をおばさんが置いていってくれないのは残念だな…手に入ったら売り払ってやるのに。まあ、200万以上する指輪をこんな子供だましの鍵が付いてる引き出しに置きっぱなしにするはずないよね」


麻衣はサファイアのペンダントを握りしめたまま、病室を出て両親と一緒に住んでいる家に戻った。収納に工具箱を取りに行き、ハンマーを持って自室に行く。部屋の床の上に段ボールを何枚か敷き、その上に美幸のサファイアのペンダントを置いた。


ガンガンガン――


サファイアの表面に傷はついたが、何度ハンマーで叩いても割れない。


「クソッ!割れないな。なんでだろう?」


麻衣はスマホで検索した。サファイアはダイヤモンドの次に硬い宝石で割れや欠けに対する靭性も高いという。


「麻衣?何してるの?もう夜なんだから、工作は明日にしなさいよ」


継母が麻衣の部屋をノックして小言を言ってきた。庭の広い一戸建てでもハンマーの衝撃は両親を驚かせたようだ。麻衣はそれ以上、サファイアのペンダントトップをハンマーで叩くのを諦めた。だが流石にダイヤモンドドリルまで買って懐を痛めるのは癪なので、外出した時にその辺に捨てようと思った。


翌日、麻衣は散歩に行くと言って家を出た。家から歩いて少しした所に川があり、そこに向かう。小さな橋を渡る途中で麻衣は手を開いた。金色に光るペンダントが水面に向かって落ちて行く。


「ざまぁ見ろ!」


麻衣はペンダントが水の中に沈んだのを見て家に戻った。川の中でサファイアが一瞬光った後に真っ二つに割れたのは知る由もなかった。

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