第13話 カールの身の振り方
潰してある刃の面がまともにカールの右肩に入ったので、カールは肩甲骨と鎖骨を骨折し、また療養生活に逆戻りになった。とりあえずまだ公爵家の使用人棟の自室で療養しているが、クラウスはすぐに追い出せとうるさい。
マリオンはクラウスの進言が通る前に父と話す必要があった。その日、マリオンの父は珍しく王宮に出仕しておらず、公爵邸の執務室にいた。
「お父様、マリオンです。よろしいでしょうか?」
入れという合図でマリオンは入室した。彼女の供をするルチアは執務室に入らず、扉のすぐ外側に控えた。
「どうした、マリオン?」
「カールのことです。クラウスがすぐに追い出せと言っているそうですけど、まさかそんな非道な事を我が公爵家はしないですよね?」
「ああ、今すぐ出て行くとカールは言っているけど、せめて治るまではいてくれと止めている」
「えっ?!それってクラウスが出て行けと言っているからじゃないですか?」
「いや、剣技大会の後、目が覚めてすぐカール自身がそう申し出た」
「私の護衛騎士は無理でも公爵家が彼に別の仕事を与えることはできますよね?」
「御者か庭師はどうかと聞いたが、負けた以上お前に仕え続けることはできないのだからここに残る意味はないそうだ」
「ではカールは実家に戻るつもりなのかしら?」
「うーん…多分それはないだろうな」
「なぜ?!嫡男でしょう?彼の両親は彼が帰って来るのを待っていたはずではないですか?」
「まぁ、その辺の事情は私からは言えないよ。とにかく本人の意思が固い以上、ここに強制的に残せるわけはない」
「そんな…」
「話はこれぐらいでいいかな?まだ仕事があるんだ」
父の有無を言わせない様子にマリオンはこれ以上何も聞けないと悟り、執務室を辞した。その足でルチアを伴ったまま、公爵邸の敷地内にある使用人棟のカールの部屋へ見舞いに向かった。
「カール、入るわよ――えっ、何なの、これ?!」
カールが1人で使う自室はいつも最低限の物しか置かれていない。今やそれ以上に殺風景で据え付けの家具と寝具以外は何もなくなっていた。しかもまるで今すぐ旅に出るかのように、床には荷物がまとめられていた。
「お嬢様、ちょうどよい時に来て下さいました。ここを出る前に別れのご挨拶をしたかったのです」
「駄目よ!肩の骨折が治ってないのに、そんな荷物を持って旅をしたら、肩が使い物にならなくなるわよ」
「ご心配ありがとうございます。でも荷物はたったこれだけですから大丈夫です」
「ここを出てどこに行くの?!」
「辺境警備隊に入隊しようと思います」
「駄目よ!今の貴方では危ないわ!健康な身体でも1年以内に死ぬ人が多いのよ?」
「お嬢様。私は大丈夫です」
「そんな!」
辺境警備隊は、魔石を核として持つ魔獣を退治する過酷な任務を負う。魔獣退治は、魔獣が人里まで迫って人間が襲われるのを防ぐ上、退治した魔獣の肉は食用、貴重な魔石はエネルギー源にもなってこの国の財源になっている。照明や前世のような便利な道具も魔石で機能する。
辺境警備隊の大半の兵士は、1年以内に死亡か再起不能な大怪我もしくは脱走で入れ替わるという。そのため、兵士の8割は犯罪者や戦争捕虜で死ぬまで警備隊に縛られる。2割は志願だが、3年の年季明け後の一代男爵の叙爵と除隊の退職金、年金が目当て。ただ、そこまで行きつける人間はほとんどいない。3年の年季明け前に再起不能になったら、叙爵も退職金もない。それでも小遣い程度のほんのわずかな年金が支給され、辺境警備隊の基地の一番近くの町にある施設で生活する権利を得られる。そこにいる限り、衣食住は保証されるので、施設に残る者が多いが、除隊時にかなりの後遺症のある者がほとんどなので、10年以上生き延びる者はほとんどいない。
だからカールの辺境警備隊行きの希望を聞いてマリオンもルチアも絶望的な気持ちになって必死に引き留めた。
「お兄様、どうして?!ここに残れば御者か庭師として働き続けられるでしょう?そうじゃなくても家に帰って後継ぎの準備をすればいいのに!」
「ルチア、お前とは後で話すから、部屋の外に出ていてくれないか。最後にお嬢様と2人で話したい」
「駄目に決まってるじゃない!クラウス様がお許しにならないわ!」
「もちろん、扉は開け放して扉のすぐ隣にいてくれればいい」
「駄目と言ったら駄目よ!」
「わかった。部屋にいてくれていいから、離れていてくれ」
ルチアは不服そうだったが、カールの言葉に従った。
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