第4話 堕落
教会は人間を堕落させるものとして賭博を禁止しており、この国も教会の見解に従っている。だが、人は禁止されればされるほど、惹きつけられるものだ。貴族や豪商の間では友人知人の縁で招待制の闇カジノが密かに流行し、平民でもこっそりカード賭博に耽る者もいる。カード賭博には、たいてい連れ込み宿が使われ、階下の居酒屋で参加者が密かに落ち合っている。マリオンの公爵家の馬丁もカード賭博に熱中している1人で、借金で首が回らなくなっている。
馬丁はしばらく前に居酒屋で出会った男に誘われ、カード賭博を初めて体験した。その時はビギナーズラックで3ヶ月分の給料とほぼ同額儲けた。それ以来、彼は勝利の味が忘れられず、休みの度に連れ込み宿に向かった。だが徐々に勝つことが少なくなり、気が付けば給料3年分以上の借金を背負っていた。
その日も馬丁は連れ込み宿の1室で返済を迫られていた。
「またお前の負けだ。これ以上はもう止めておけ。返済できなくなるぞ」
「いや、もう1回!もう1回やれば、勝って全部返済して儲けも出る!」
「掛け金を借金してまで賭けるものじゃないぞ」
そう止められれば止められるほど止められない。馬丁はもう1度カード賭博に参加したが、借金を増やしただけだった。
「今度返済が滞れば、お前は奴隷として売られるしかないな」
「そ、そんな!奴隷は禁止されたはずだ!」
「そんなもの、いくらでも抜け道があるさ。俺達がここで賭博できるのと同じにね」
「俺は公爵家の使用人棟に住んでいるから、そんな無体は通じないはずだ」
「俺達裏の人間を甘く見てもらっちゃ困るよ。使用人の1人や2人消えたって公爵閣下は気にも留めないさ。非合法の奴隷がどんな扱いされるか知ってるだろう?」
馬丁は顔を青くしてガタガタ震えた。数年前に奴隷制度は公式には廃止されたが、使用人を装って奴隷を買う貴族や豪商は未だに絶えない。そういう奴隷は酷使されて数年以内に死ぬか、まともに暮らせないほどの傷病者になるかのどちらかである。
馬丁に賭博で勝った男は、馬丁の様子を見てほくそ笑んだ。
「だがなぁ、借金を棒引きにするいい方法があるんだよ」
「えっ?!どんな方法なんだ?」
馬丁は救いを得たと思ってぱっと顔色をよくしたが、耳元で囁かれた内容を理解すると、青くなった。
「む、無理だ…そんなことがばれれば死罪だ!」
「そうか?じゃあ、お前は奴隷になるか、運河に浮かびたいんだね」
「そ、そんなわけないじゃないか!」
「確かにばれたら平民のお前は死罪だ。だけど借金の返済の当てはあるのか?なければ奴隷か運河の藻屑だな。それだったら借金帳消しできる可能性のほうを選ばないか?」
「……あ、ああ…でも…」
「これを〇日の孤児院慰問直前にエサに混ぜて馬が口に入れるようにしろ」
「えっ?!…」
「成功すれば運河の藻屑にならないで済むんだぞ」
「で、でも…別の馬が馬車に使われるかもしれないだろう?」
「お前が馬車まで馬を連れて行けばいいだろう?」
「でも馬丁は俺だけじゃない」
「そこはうまくやれよ。何年も飲まず食わずでなければ返せないほどの借金を棒引きしてやるんだ」
「でもすぐに馬の具合が悪くなったら、怪しまれる」
「そんな下手な物は使わないさ」
馬丁は青い顔をして渡された小瓶を見つめた。
「御者が馬を繋いでいる間に馬車の『点検』をしてやれ。その隙に車軸に少し切り込みを入れろ。出発直後に壊れちゃ困るが、孤児院に着く前に馬が暴れたら壊れるぐらいにしておくんだ」
「そ、そんなうまいことできない…」
「できないんじゃなくてやるんだ」
男の前で青ざめてガタガタ震える馬丁は、まるで蛇に睨まれた蛙のようだった。
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