間章-2人の懐中時計-
首都機関の第2層にある病院の入院病棟。
個室のベッドにアリサが上半身を起こした状態でいる。
窓から見える夕日に照らされた、アリサの長い銀髪はまるで雪原の様に反射している…
その静寂の中、アリサが一人で読書をしていると、ドアをノックする音が響く。
「アリサ、調子はどう?」
南花が、見舞いの品として、白い花のグラジオスと葡萄を持って訪れる。
「えぇ、だいぶ良くなったわ。あと、数日で退院出来るみたい…」
そう応えたアリサは、南花の左の太ももに巻かれた包帯に目を向けて続ける。
「お見舞いに来てくれるのは有難いのだけれど…南花も病み上がりなのだから、無理してないかしら?」
「えっ、うん。私の方は大丈夫だよ。」
ベッドの手前にある机に葡萄を置いた南花も、自身の左太ももの包帯に視線をやる。
お互いに、お互いの状態を意識した2人は、一瞬、黙ってしまう。
「これから、どうなるのかしらね…」
アリサの方から、その沈黙を破る。
「うん…ダージリン団長からは、休息を兼ねて待機を命じられてはいるけど…」
そこへ、ドアをノックして、看護師が訪れる。
「アリサさん、検温とお薬の時間ですよ…」
「うぇ…」
お薬と言う言葉に嫌悪感を示すアリサ。
「アリサ、もしかして薬が苦手なの?へぇ、意外と子供っぽい所もあるんだ~」
「そんな訳ないじゃない…」
「あぁ~今日は、早く飲んでくださいね。」
「……」
無言の後、南花はまた少しニヤつく。
「あっ、面会の時間もそろそろ終了ですよ。」
「そうですか、ありがとうございます。」
検温を終え退室する、看護師の言葉に応えた南花は、ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「あっ、その時計…」
南花が取り出したクラシカルな懐中時計に、アリサの視線が奪われる。
「私も同じ物を持っているわ。」
続けて食い気味に言ったアリサは、ベッドの隣にある引き出しを開け、南花の持つ懐中時計と同じ姿形をした物を見せる。
「えっ、どうして?どういう偶然なの!?」
南花も共通点を見つけた驚きと嬉しさを隠せない。
アリサは一瞬、嬉々とした表情を見せたあと、この懐中時計を手にした経緯を話し出す。
「私は、東圏側の軍人だった父のフェルムから、この懐中時計を引き継いだの…」
「だった…?」
「えぇ…10年前に私へ、この時計を渡したあと、流行り病で亡くなったわ…」
「嘘…私の父さんも10年前に…私に、この時計を渡したあとに、流行り病で亡くなったって聞かされた…」
南花は偶然過ぎる一致に、驚嘆する。
「もしかして、鉄之助氏がその時計を受け取った相手って【アトラ】と言う人じゃないかしら?」
一瞬、考える素振りを見せたアリサが更に言及する。
「う~ん…父さんが誰から受け取ったまでは知らないけど…アトラっていう名前は時計の裏に掘られているよ。」
南花は手にしている
「アリサは、アトラっていう人がどういう人か知ってる?」
「そうね…私も幼い頃に聞いたから、あまり良く覚えていないけれど…」
アリサは
「アトラっていう人は、世界中を旅する時計職人で…その昔、バビロニア帝国に訪れた際に、私の父に国内のガイド役を依頼して、そのお礼として受け取ったそうよ…」
「ふ~ん…それじゃあ、私の父さんはどんな経緯で貰ったんだろう?」
南花は
『この時計を持つ者に、
「そうね…アトラさんは、帝国の文化の中でも、技術面に特に興味を示したそうよ…だから、鉄之助氏とも会っていたとか?かしらね…」
アリサは、幼い頃の断片的な記憶から推測する。
「なるほど…分野は違えど、同じ職人として興味があって、親交を深めたっていう感じの可能性はありそうだね。」
長年の疑問を考える上で、一助を得た南花は微笑む。
「あっ!もう面会の時間が終わるんだった…花瓶に水を入れてくるね。」
「えぇ、お願いするわ。」
南花は白いグラジオスの花を花瓶に挿す為、病室近くの給水場へ向かう。
ーーー
面会時間が終了間際なこともあり、給水場には南花しかおらず…
遠くで看護師達の雑談する声が、微かに廊下に響いてる程度で静まり返っている。
その中、南花が蛇口を捻り、水の落ちる音が余計に大きく感じる。
「貴方が、源南花さんで間違いないでしょうか?」
「へぇあぁ!?」
全く人の気配が無い状態で、唐突に話し掛けられた南花は、恐怖と驚きが混じった声を上げてしまう。
「あぁ、申し訳ございません。そこまで驚かさせてしまうとは思いませんでした。」
突如、現れたのはスーツ姿の女性だった…
南花と差ほど、年の差は感じられないが、目元だけを隠した特殊な仮面を付けており、不気味さを放っている。
「私が源南花ですけど…あなたは?」
恐る恐る名乗った南花が、相手の身元を尋ねる。
「これは失礼致しました。名乗り遅れました…
丁寧過ぎて逆に、相手へ不快感を与え兼ねない姿勢のアハトはペコリと頭を下げる。
「憲兵の方が、どうして私に…」
落ち着きを取り戻した、南花は、次に疑問符を浮かべる。
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