違う世界 4話

 意気込んでから2ヶ月が経ったが、進展は全くない。前回と同じ平和で平穏な日常をただ当たり前のように過ごしているだけだった。

 この世界に戻ってきたばかりの頃は、原因を探ってやるなんて粋がっていたけど、香苗が相当の策士でポーカーフェイスなのか、香苗の変化が全く何もわからない。あれからできる限り香苗と一緒にいるけど、どこも変わった様子は見つからない。高校時代を一緒に過ごした優しい香苗そのものだ。

 香苗の死の真相を探ろうにも事故だからどうしようもなくない。せめてどこで事故を起こしたのか覚えていたらよかった。その場所に行けばどうなったのかわかるのに。もしかしたら今の私が香苗を助けることだってできたかもしれないのに……いや。私が助ければいいんだ。何も事故を起こした場所に行かなくても、私から香苗を事故が起こる可能性の低い場所に誘い出したらいいんだ。そしたら香苗の死も止められるかもしれない。事故死してから香苗が変わった可能性が高いから、事故を阻止すれば香苗は今の香苗のままになってくれるんじゃないか。全ては憶測だけど、何も変化しない世界を悠々と生きていても仕方ない。変化が起きないなら私から変化を起こすまでだ。

 そうと決まれば香苗をどこに誘い出すかだな。事故が起こりそうな車通りの多い道は避けて車通りの少ない場所。時間をかけて行くと事故が起こる可能性が高まるからできれば近場。電車を使った近場は田舎だし、バスはバスごと事故が起こる可能性もあるから避けたい。いっそのこと香苗の家とかなら大丈夫な気がするけど、親が厳しいとかで家には上げてくれないんだよな。香苗の家の近くで事故が起こる可能性の低い場所……ショッピングモールとかあればいいんだけど、スーパーくらいしかないからな。仕方ないか。本当はしたくないけど、図書館で勉強会でもしようか。暇になったら隣の公園で遊べるし、これ以上の場所なんて多分ない。そうと決まれば早速香苗に連絡だ。あらかじめ予定を押さえていたら後から入ることも少ないだろうし、香苗に限って他の友達との時間を優先することはないだろうからそこだけは安心だ。

 香苗に連絡をすると、返事は秒で返ってきた。まるで私とのトーク画面をずっと開けているかのように。

 OKのスタンプ。これで私の人生は安泰になったも同然だ。だけど、勉強会ね。何しよう。それも図書館。活字の本しかないよ。静かな場所だし話もろくにできない。お菓子も食べられないし、本気の勉強会になりそうだ。香苗、本気の時怒ったら怖いからな。本気にさせないようにしたいけど、私じゃ無理だな。まあこれも仕方ない。将来のために青春の1日くらい捧げてやるよ。

 

 香苗との勉強会当日。私はいつもより2時間早く目覚めてから身支度を整えた。香苗は集合時間に絶対に早く来るから私が遅れたせいで事故に遭ってしまったら元も子もない。何が何でも私が早く着かないと。

 そんな使命感で自転車を全力で漕いだ。集合場所は香苗の家から徒歩1分にあるコンビニ。大きな通りや車が通れる道が少ないからうってつけの場所。この場所で事故に遭うのなら家にこもっていても飛行機が墜落して事故に遭うと思う。

 私がコンビニに着いた時、香苗はコンビニの中で週刊誌に目を通していた。中に入って声をかけるか迷ったが、外から手を振って香苗を呼んだ。週刊誌を閉じてゆっくりとした足取りでコンビニの外に出た。

 

「今日は早かったね」

 

 開口1番がそれか。

 

「香苗が早すぎるんだよ。なんで約束の時間30分前にいるの?」

 

「いつもより早く起きてしまったからかな」

 

「家でゆっくりしておいてよ」

 

「家だと落ち着けないから外の方がいいの」

 

 どことなく悲しい顔を浮かべる香苗。今度は不意に空を見上げて苦笑いを浮かべる。

 家のことについては踏み込みすぎないように気をつけていたが、全部を回避することは難しい。ついついこんなことを言ってしまう。こんな時は話と行動を切り替えるのが正解だ。

 

「少し早いけど行こうか。もう図書館も開いているし、暑いから涼しいところに行きたい」

 

 普段なら並走をしながら自転車を漕ぐのだが、今日は私が先を走った。危なそうな車がとりあえずないかの確認と、昨日考え込んだ車の少ない道を通るため。この道は図書館への最短ルートではないから香苗を先導するためでもある。

 

「なんで右の道から行かないの?」

 

 これも言われることを想定している。

 

「暑いから日陰を通りたかったの」

 

「確かにもう真夏って気温だよね」

 

「暑くて溶けちゃいそうだよね」

 

「人間の身体は溶けないよ」

 

「わかっているから真剣な顔をして言うのだけはやめて」

 

 そう言うと香苗は微笑んでいた。こんな軽口を言ってくれるのは私だけだ。私が香苗を守らないと。そんな使命感に心は覆われていた。


 私が考え込んだこのルートでも、図書館に行くにはどうしても車通りの多い道路を平行に横断歩道を渡らないといけない。時々大型のトラックとかも走っているから要注意だ。渡るタイミングは車の少ない時。それまでは道路を見渡せる位置で待機。

 周りを見渡しているとジト目で首を傾げている香苗が目に入った。目が合うや否や香苗は半ば睨みながら私にこう言った。

 

「今日の清花変だよ」

 

 変な自覚はあるが、それもこれも香苗のためなのに。言えないことがもどかしい。香苗になら全て言ってもいいかなって思うけど、誓約書には誰にも言わないって書いてあったから、長生きをするためには香苗にも言えない。

 

「いつも変だから今日は真面まともってこと?」

 

「そう言う捉え方があったか。これは1本取られた」

 

 言っているうちに車の波が止んで、歩行者信号が点滅を始めた。ここの信号の対比は体感8:2くらいだが、横断歩道をを前に長居をすれば事故に遭う確率は上がるものだ。

 

「早く行こう」

 

「うん」

 

 近くに危なそうな車はいない。まだ事故は起きてないと言うことは事故が起きるのはこれから。帰る時間の夕方は事故が起きやすい時間だから帰りを特に気をつけないと。

 図書館の自転車置き場に自転車を置いて、自動開閉扉を通って図書館の中に入る。入るとすぐのところは雑誌や新聞のコーナー。見向きもせずに先に進む。

 目的はこの図書館の奥にある自習室。この中でも本棚が倒れてきたみたいな事故が起こる可能性もあるからそこも注意しないと。高い本棚のところへはできるだけ行かないようにして、本棚やガラスの近くじゃない自習スペースで勉強をしよう。ガラス窓の方には大きな公園があるから万が一でも車が突っ込んでくることはないだろ。その反対側からなら車が突っ込むことはあるだろうけど、鉄筋コンクリート構造の図書館がそんなやわなわけない。大型のタンクローリでもぶつからない限り壊れないだろ。てか、そうなったら私や香苗以外にも甚大な被害を出すな。運命に従うのなら今日死ぬのは香苗だけ。ここじゃ何も起きない可能性の方が高いな。何にせよ用心にすることに変わりはない。

 

「清花やっぱり変だよ」

 

 図書館の中に入ってもキョロキョロと周りを見渡しては時々急に止まって、またキョロキョロしながら自習室までくればそうなるのも当然だ。

 

「図書館久しぶりだから少し緊張しているのかも」

 

 絶対嘘だ。みたいな顔を浮かべられているけど、これ以上の嘘は思いつかなかった。騙したくない。香苗に嘘をつきたくないという気持ちの罪悪感が私の中に芽生えていたからだ。

 

「そ、それよりも早く勉強しようよ。テストの復習もしないとだし」

 

 別の用事で誤魔化すのが最善の手だ。

 自習室に入っても香苗はジト目のままだった。

 

「清花から勉強に誘うのも変」

 

 そこは割と真面目に誘ったから変に思わないで。私が勉強をするのがそんなに変か? 看護師試験頑張ったけどな。まあ、香苗は看護師試験のこと知らないもんな。

 図書館で時間を潰して、お昼ご飯は公園の隅にあるうどん屋で食べて、また図書館で勉強を再開させて、座りすぎで身体が痛くなったら公園で少し遊んで。閉館になる5時まで勉強会を続けた。おかげで私の脳はもうパンク寸前だった。今なら虫が回りを飛んでいても気が付かないと思う。それくらい脳をつはい果たしていた。

 

「今日はよく頑張ったよね……」

 

 自転車置き場で自転車を動かすことはなくただ椅子の様に座って香苗に言った。たが、香苗は首を傾げていた。

 

「これくらいは普通だと思うけど……まあ、今までの清花に比べたらよくやった方なんじゃない?」

 

 香苗は一体毎日どれだけ勉強をしているんだ。そんな言葉が頭をよぎるけど、多分香苗が好きでしていることじゃないから言わない。家のことは香苗も聞かれたくないと思うから言わない。言ってしまえば香苗がまた悲しい顔を浮かべるから。あの顔はもう見たくないから。だって、私を殺した時の香苗の顔と同じだから。

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