4 - 5 探偵 ⑦
「相変わらず殴ったら殺せそうな顔してますね」
考えるより先に言葉を吐き出していた。不田房がぎょっとしたように目を瞬き、宍戸が低い声で「コラ」と言った。
「思っても言うな」
「でもこの男、私嫌いです」
「嫌いでも言うな」
「でもさ──どうして俺と鹿野なんだろう? いや、俺は分かるよ、田淵さんとのあいだには色々あったし」
腕組みをした格好で不田房が唸る。色々。色々で纏めても良いのだろうか、アレは。田淵駒乃は卒業、ではなく中退の年まで演劇講座を受講し続けた。一度だけだが俳優として舞台に立ったこともある。ウェディングドレスを着る役だった。
「その辺りは林氏も知らないようでした。宛名が鹿野素直氏になっている点に違和感はなかったのかと尋ねたんですが、」
『それどころじゃなかったんで……』
タブレットの中の林壮平が溜息混じりの声音で応じる。「死ね」と鹿野は小さく吐き捨てた。
「くたばれ。田淵にいいように使われるポチ」
「かーの!」
宍戸が声を張り上げる。お叱りモードの声だ。間宮探偵は小さく笑っている。
「ということで、不法侵入、窃盗の犯人はこの男です。林壮平が回収した封筒を再度、タイミングを図って泉堂ビルに届けたのが田淵駒乃なのか、それとも真小田崇……或いは暗闇橋関係者の誰かまでは分かりかねる状態なんですが」
「うん。十分です、探偵さん」
煙草に火を点けながら、不田房が微笑んだ。
微笑んでいる。
この状況で良く笑える。鹿野は半ば呆れていた。
「ま、メインターゲットは俺でしょう。うん。それは分かる。となると、彼らは次回公演のために決定的な映像を欲している……そうじゃないですか? 探偵さん」
「その通り」
と、間宮が鞄の中に手を突っ込む。
出てきたのは──見慣れた茶封筒だった。
「林壮平から手に入れました」
「宛名が書かれてないな」
宍戸の呟きに間宮は軽く肯き、
「適当なタイミングで泉堂ビルの受付に置いてくるよう指示されていたそうです。泉堂ビル周りの防犯カメラに映っていた林壮平の姿は、その『適当なタイミング』を伺っていたものかもしれないですね」
「見るよ」
不田房が封筒を取り上げ、雑な手付きで封を切る。
中には一枚の白い紙──いや、何かの裏紙だ。
「不田房さん、これ!」
「いやぁ……彼ら、彼女らと呼ぶべきかな? 十年前のあの舞台にずいぶんとご執心だね」
十年前の舞台の台本。その表紙をコピーしたものが、封筒の中には入っていた。
タイトルの下には赤いボールペンで、日付と住所が書き記されている。
日付は今週末、土曜日。住所は──
「Q県S村。懐かしのコテージか」
煙草のけむりで輪っかを作りながら、不田房は擽ったそうに笑う。
「宍戸さん、今週末の稽古は中止にしてもいいかな?」
「やめろっつってもするんだろ、おまえは、まったく……」
きっと、ものすごく、悪いことが起きるのに。
鹿野は言葉もなく不田房の横顔に視線を向ける。
どうしてこの人は、こうも屈託なく笑えるのだろう。
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