3 - 6 不田房栄治 ③
「ロマンポルノ……!! 出たわ、俺!!」
不田房が大声を上げ、「静かにしろ」と宍戸がいかにも面倒臭そうに顔を顰める。その傍らで鹿野はスマホをタップし、不田房が出演したというロマンポルノのタイトルを確認する。
──あった。
今から十二年前。『ロマンポルノ復興プロジェクト』と冠されたシリーズの中に、そのタイトルはあった。不田房は主演ではない。品のない言い方をすれば竿役だ。不田房は当時大学生。主演の女性俳優も作品が撮られた時期には二十歳と若く、現在はテレビや映画で活躍している。
「ブルーレイが出てますね」
「ブルーレイ?」
大手通販サイトを覗きながら呟いた鹿野の手元を、宍戸がひょいと覗き込む。
「ほんとだ。……このシリーズ、主演の俳優今売れてる人ばっかりだな。その関係っぽいな」
「でしょうね。発売は──今年のはじめです。このタイミングなら売れるって考えてリリース……しかもデジタルリマスター版……」
宍戸と視線がぶつかる。なるほど。綺麗な画像が準備できたのは、原本となったブルーレイの映像のお陰か。
「ただ、どうかな……わざわざ写真にして送り付けてくるっていうのは」
「俺、なんかそこまで誰かに恨まれるようなことしたかなぁ?」
小首を傾げる不田房を一瞥した宍戸が、
「人間生きてりゃ恨みのひとつや二つ買うだろ」
「そういうもんですかね?」
「おまえみたいのは特にな」
眉を下げた不田房が、手元の写真に視線を向ける。わざわざ、写真に。鹿野は口の中で繰り返す。わざわざ──何のために? 不田房栄治の評判を落とすため? 不田房は相手構わず女を組み敷くようなとんでもない男ですよ、って……写真には、相手役の女性の顔も体も写っていない。たとえばこの画像をSNSに放流したとして、信じる者は──
(──いるだろうな)
想像に難くない。現在の不田房栄治は、超売れっ子とまではいかないが、それなりに名の知れた演出家だ。その演出家の若き日の醜聞となれば、現実だろうが虚構だろうが関係なく、面白おかしく食い荒らす連中が出てくることは簡単に想像できる。
それにしても。
「ずいぶん……ヌードを撮られてたんですね」
「あーね。俺仕事選ばないからなー。他のやつが断った役でも俺なら引き受けるって噂立ってたみたいで」
それはそれで嫌な話だ。件のロマンポルノ以外にも不田房は所謂Vシネマと称される作品に出演しており、さすがにブルーレイは出ていなかったが、ネット上を検索してその手の作品に関する感想・所見を述べているサイトを確認したところ、やはり『フタフサエージ』は女性と性行為をしたり、もしくは性暴力を行う悪人役を演じることが多いとのことだった。
「あんまり安売りすんなよ」
「今はしてないよ〜。っていうかもう声もかからないし」
良いことなのか悪いことなのか判別が難しいところではあるが、安売りするな、という宍戸の意見には同意する。
鹿野は小さく溜息を吐き、写真と共に置かれていた封筒を手に取った。住所は泉堂ビル、宛名は鹿野素直。これだけは一貫して変わらない。
内容は不田房への加害を匂わせるものが多いのに。どういう理由なのか。
封筒の左上に貼られた証紙を確認する。ふたつの封筒、どちらにもS区のSの字が入った証紙が貼られている。犯人の気持ちがまったく分からない。何のために、わざわざ近場から? どうして泉堂ビルに? そして何より、宛名を鹿野素直にしているのはどういう理由だ?
「そういえば宍戸さん」
「あいよ」
「先日探偵さん……
証紙を示しながら口を開くと、ああ、と宍戸はちいさく肯いて、
「風景印と投函時期の話だろう」
「そうです。剃刀と、SDカードが入っていた封筒、どちらも先月──七月にQ県S村から投函されたってことになってました」
「郵便局員が偽造に手を貸してでもいない限り、時系列は間違いないんだよな」
「えっなになになになになになに」
ひとりだけ状況を飲み込めていない様子の不田房が前のめりに会話に参加してくる。宍戸が自身のスマホを不田房に向けて放り投げた。
「SDカードが封入されてた封筒があってな。その中身がそれだ」
「お──俺じゃん!!」
さすがにすぐに気付いたらしい。目をまん丸にして映像に見入る不田房はやがて、
「いやでもこの俺おかしくない?」
「おかしいな」
「なんでナイフ持ってんの?」
「……ナイフだって良く分かったな?」
宍戸の声が瞬時に低くなり、不田房はいつも通りの顔で首を傾げる。
たしかに。
なぜナイフだと断言できるのだろう。画像はかなり荒いし、街灯があるとはいえそう明るいとはいえない。
「これさ」
不田房の声から明るさが消える。滅多に聞くことのない響き。
「忘れっぽい俺でも覚えてるよ。鹿野が三回生の時に、みんなで行った合宿の時の映像だよね」
「……よく覚えてますね」
宍戸が新しい煙草に火を点ける。座布団の上に正座をした鹿野は、上目遣いで不田房の顔をじっと見詰める。
「さすがにね。あの合宿は、なんというか良くなかった。あの子たち、真小田くんたちか。泉堂さんのコテージの窓ガラスを割った時には、参ったよ」
──参った。
そんな感情が彼にもあったのか、と意外な思いで宍戸と鹿野は視線を交わす。
「俺の想像だけど、これ、十年前に俺を隠し撮りした映像にナイフを合成してるよね」
「だからなんでナイフだって分かるんだ」
「小道具だから」
不田房はきっぱりと言った。
「一応、演技力向上を目指しての合宿で。たしか『ベニスの商人』を元にエチュードをやった記憶があるよ。だから、小道具にナイフが」
ナイフ、エチュード、演技力向上、それに──『ベニスの商人』。
不田房の口からここまですらすらと十年前の記憶が吐き出されるとは思ってもみなかった。まるで知らない人間を見るような気持ちで、鹿野素直は不田房栄治の目玉を凝視する。
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