私の「それが大事」の風景

清瀬 六朗

第1話 2000年代半ば、つまり平成の中ごろ(1)

 大事MANブラザーズバンドの「それが大事」は「現在まで歌い継がれる名曲」になっている。そう言っていいと思う。

 この曲全部を歌える、というひとはそんなに多くなくても、「~~こと」と「大事」なことをたたみかけるように繰り返す最初とサビの部分は知っている、というひとはけっこう多いのではないか。


 ウィキペディアを調べてみると、この曲が発表されたのは1991年8月だという。それから32年も経つのだから、「四半世紀」を超えて歌い継がれていることになる。

 比較のために古いたとえを出す。並木なみき路子みちこ(と霧島きりしまのぼる)の「リンゴの唄」の発表が1945年で、その32年後は1977年となる。第二次世界大戦敗戦の年から、高度経済成長期が始まって終わり、日本が「世界の大国」の地位を不動のものにするまでの時間にあたる。日本がいわゆる「戦後」だった時代だ。

 それと同じだけの長い時間、「それが大事」は歌い継がれてきた。


 ところで、この曲が発表されたとき、私はイギリスのエディンバラというところにいた。

 再びウィキペディアによれば、この曲がチャートの上位にあったのは1991年の冬から1992年の春にかけてということだが、その期間ずっと、私はエディンバラに居つづけた。

 現在ならば、日本で発表された新曲は、世界のどこにいても、ネットさえつながれば聴くことができる。

 ところが、当時は、国際的な連絡を取ろうとすると、郵便か、国際電話か、ファックスかしか手段がなかった。日本の放送はNHKの国際放送「ラジオジャパン」を聴くしかなかった。「リアルタイムで日本のことがわかる」という情勢ではなかった。もしかすると何かの方法はあったのかも知れないが、少なくとも、私は、リアルタイムで日本のことを十分に知るためのメディアをもっていなかった。

 帰国したのは1992年の8月だった。

 私は「それが大事」という曲をよく知らないままだった。


 私がこの曲を認識したのがいつか、はっきり覚えてはいない。たぶん21世紀になってからのことだと思う。

 2000年代半ば、元号が「平成」だった時代のちょうどまんなかあたりだった。

 そのころのNHK総合テレビでは、深夜・早朝の時間帯に風景映像を流し続けていた(いまでもやっているかどうかはよく知らない)。

 ともかく、そのころ、現在以上に不摂生な生活をしていた私は、毎晩、そういう映像をバックグラウンドで流しつつ何かを読んだり書きものをしたりして、そういう映像を眺めつつ「寝落ち」するという日々を送っていた。

 そのなかに東京の風景映像をずっと流している回があった。

 木造住宅が続く坂道、個人商店が軒を並べる商店街、木造アパートの角部屋を見上げたところ、「長屋」のような低層住宅のあいだの路地を走る子どもたちの自転車、家々の軒をかすめて走る都電荒川線といった映像が続いていた。そのころでも過去のものになりつつあった東京の風景だ。

 そのなかで、たしか、真夏の商店街の映像が流れていたときのBGMがこの「それが大事」だった。

 当時、「青春」の時期が完全に終わりつつあった私は、この曲の最初の部分を聴いて、なんて「青い」歌詞なんだ、と気恥ずかしい気分になった。自分書き恥ずかしがる必要なんかないのに。

 同時に、親しみやすくて、すっと心にも体にも入ってくるメロディーだと感じた。

 でも、それよりも印象的だったのは、その「すこし懐かしい東京」の映像と曲調の落差だった。

 白い光があふれる真夏の商店街を人びとがのんびりと行き交っている。人びとは日傘をさして遅い足取りで商店街を歩き、雑貨屋の軒先で時間をかけて品物を選んでいる。野良猫が塀の上を急がずに歩いている。

 曲がたとえばはっぴいえんどの「夏なんです」のような曲だったらこの映像には似合っているだろう。

 けれども、「それが大事」で元気づけなければならないような人はその映像のなかにはいない。

 ところが、私は、そのまぶしさあふれるちょっと古い街並みとこの曲が、ミスマッチではなく、よく似合っている、と感じたのだ。

 この露出オーバーの暑い街のけだるい映像にこそ、この曲が似合う、と。

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