第6話
ルオン様の仕事を手伝うようになってから、少し屋敷内での見られ方が変わったようですわ。
書類仕事を手伝う内に段々と任せられる範囲が増えて、かなりの部分を担当するようになったのが良かったのでしょう。これで「ただいるだけでダラダラしている王国の人間」から「旦那様の仕事をお手伝いできる妻」くらいにはなれたようですわ。
「奥様、できました」
「はい。うん、ラァラは物覚えが良いですわね」
「あ、ありがとうございます。でも、計算は苦手で」
「繰り返し練習することですわ。計算はできて損はありませんもの」
そして今日も私は執務室で書類を片付けながら、ラァラに読み書き計算を教えています。私が仕事をしている間、ラァラが手持ち無沙汰になってしまうので、こうなりました。試しに聞いてみたら、読み書きすら殆どできないそうでしたので。
でも、本人の意欲は凄くて、私の出した課題をどんどんこなしていますわ。うまく行けば早い段階で仕事の手伝いをお願いできるようになるかもしれません。
「もし、他に読み書きを覚えたいという子がいたら、声をかけておいてね。時間のある時に教えるから」
「いいのですか? 奥様にご迷惑が……」
「ルオン様も承知ですから良いのです」
この件についてはしっかり夫に相談済みです。ちょっとした読み書きができるだけでも、生きる上で違うことはわかっているようで、快諾でした。
また、私の空き時間にもまだ余裕があるのも大きいですわね。書類仕事をしていても、半日くらい暇な時間があります。それを埋めるためという側面も強い仕事ですの。
「さて、私の仕事は終わりました。ラァラも勉強はこのくらいにいたしましょう」
一通り計算を済ませた書類をまとめ、後はルオン様がサインするだけにして机に置いておきます。最近は実質私の仕事部屋と化している、執務室ですが、本来を主人はあの人ですから。……しかし、来たばかりの外国の妻に重要書類を次々に任せて、お人良しさが不安になりますわね。
「奥様、今日はどうされますか?」
手早く片付けを終えたラァラがそう聞いてきます。この子も夫と同じで、いつも穏やかですわね。そういう子を選んでくれたのでしょうか。
「そうですわね。少し、畑の方に出てみましょうか」
「旦那様のご様子を伺うのですね。飲み物と軽食を差し入れるのはどうでしょうか?」
「良い考えですわね。なにか用意しましょう」
書類上の数字を見ているうちに畑を見たくなっただけなのですけど、それをお首も出さずに私はにこやかに答えました。
屋敷の外に出て、少し歩くと広大な農地が広がっています。むしろ、農地の中に小さな村がある。私はそんな地域に住んでいるのです。
ルフォア国の農業は、失礼ながら想像よりもちゃんとしていました。麦、野菜の他にしっかりと休耕地が設けられています。他にも緑肥を植えた畑には牛が離され、土づくりも行われています。
家畜に引かせる鋤も新しいものです。つい最近まで原始的な農業をしていた国のはずですけれど、積極的に新しい技術を取り入れているようですわ。
「やあ、妻殿、散歩かい?」
ラァラと共に植えられた野菜を当てる遊びをしながら歩いていると、ルオン様達に出会いました。周りには何人かの男性。ちょうど、木陰で休憩中のようです。
誰もが土にまみれ、汗をかいています。まだ夏は遠いとはいえ、日光の下では大変な作業です。みんな、働き者で素晴らしいですわ。
「ルオン様のご様子を見にきたのですわ。飲み物と果物をお持ちしましたので、よろしければ皆さんで」
そう言ってラァラが背負っていた荷物を下ろし、中にあった果物や水袋を取り出します。すると、周りの男性陣が軽く歓声をあげました。
「ありがたい。これから何人かで屋敷に取りに行こうと思ってたんだ」
「いつもその光景を見ていますから、届けに来たのですよ」
ルオン様は働き者です。一番偉いのに、こういう時も率先して休憩用の品々を取りに戻ってくるのです。
「綺麗な畑ですわね。皆さんが大切に手入れしているのがわかりますわ」
「畑は国の生命線だからね。王国から入ってきた品種や農法のおかげで、飢える人が減ったんだ」
「そうなんですの?」
驚いて聞くと、ルオン様の周りの人たちが頷きながら口々に昔のことを話します。十年ちょっと前は畑の収穫量が安定せず、耕作地もそれほど広くなかったとか。冬が恐ろしかったなど。
「あの国もたまには良いことをするようで、安心しましたわ」
「農業については、感謝しているよ」
私が皮肉めいたことを言うと、苦笑まじりにルオン様が言いました。私の見たところ、ラインフォルスト王国は少し遅れた農業を伝えることで利益を得ていますのね。それでもルフォアにとっては十分すぎる内容ですもの。狡猾な人々だこと。
「さて、休憩は終わりだ。もう一仕事するとしようか」
ルオン様の掛け声に、男性陣が立ち上がります。私達の散歩も終わりですわね。
そう思った時、ふと、畑の隅が目に入りました。
「あちらの方の畑はなんでしょう? 違う作物が植えられているようですけれど」
「ああ、あっちは実験農場なんだ。せっかくだから管理者に挨拶するといい。ちょっと気難しい人だけれど、妻殿なら大丈夫だろう」
そんな気になる言葉を残して、ルオン様達はご自分の作業に戻られました。
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