22. 全て無視します
「怒ったところで、何にもならないわよね……」
ジャスパー様に私の資産を使い込まれたことは腹立たしい。
けれども、ここで怒りのままに面に出たら、私はこの国に居られなくなってしまう。
魔物の原因にされているから、生きていることが発覚すれば討伐対象にされてしまうかもしれない。
もしそうなら、私に悪意を持たない人まで巻き込んでしまうのよね。
私の行動のせいで無関係な人を巻き込むだなんて、嫌だわ。
「お待たせしました。少し焦げ目がついていますが、健康には問題ない範囲です」
「ありがとう」
考え事を止めて、軽く頭を下げる私。
いただきますの挨拶をしてから料理を口に運ぶと、今までには無かった不思議な味が広がった。
焦げている料理は苦くて食べられないけれど、この料理は嫌な気持ちには全くならない不思議な感じ。
不味いだなんて思うことは無くて、すごく美味しく感じてしまう。
「これ、すごく美味しいわ」
「奥様、魔法の使い過ぎで舌馬鹿になっていませんか?」
「本当に美味しいの! グレン様も食べてみて!」
「ああ、いつもの野菜料理よりも美味しいな」
どうやら普段の料理よりも美味しいみたいで、グレン様がそう口にした。
言葉にするのは難しいけれど、焦げ目が無いところも、焦げ目があるところも美味しい。
焦げ目が付いた料理を出すのは失礼に当たると考えられているけれど、これなら気にしない方が良いかもしれないわ。
「左様ですか。もしかしたら、火力を強めて作った方が味が良くなるのかもしれませんね」
「そうかもしれないわ。他の料理でも大丈夫か試すのも良さそうね」
そんな風に言葉を交わしながら、食事を進めていく。
ブランはまた私の胸元で小さくなって眠っていて、まったく動かない。
体温も私より低いから少し冷たく感じるのよね。
でも、生きていることは分かるから、心配にはならない。
こんなに小さくても、踏まれたりしても大丈夫みたいだから、押し潰してしまう心配も無いのよね。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
昼食を終えてからは、私は部屋に戻って魔道具を一戸だけ作った。
今回も水を出すための魔道具にしたから、洗濯をしている場所に持っていく。
「奥様、どうしてここに!?」
「魔道具を作ってみたから持ってきたの。これに魔力を流すだけで良いから、試してもらえないかしら?」
怯えた様子の侍女に優しく声をかける私。
けれど、余計に怯えられてしまったから、どうして良いのか分からなくなってしまう。
どうしてこんなに怯えられるの?
この屋敷で何か嫌なことがあったの?
もしそうなら、原因を探さなくちゃ。
そう思ったけれど、私についてきていたカチーナが説明してくれた。
「彼女はアルフェルグ公爵家で働いていたのですが、パメラ様やご夫人からの虐めを受けていたのです。
奥様はそんなことしないと分かっていても、トラウマになっているみたいで……」
「そういうことだったのね。
それなら、私はここに来ない方が良いわよね?」
「いえ、しばらくここに居てもらえた方が助かります。慣れれば大丈夫ですから」
「そう。分かったわ」
侍女の生い立ちについても勉強しないといけないわね……。
そんなことを思いながら、洗濯の手伝いを始めたカチーナの横で、私も手伝ってみる。
ここで暮らしているのは私とグレン様、そして使用人さん達なのだけど……その使用人さんの人数が多いから洗濯も大変みたい。
その分洗い場も広く造られているから、あと二人くらい並んでも大丈夫そうだ。
「あ、あの……奥様は何をされているのですか!?」
「洗濯を手伝っているのだけど、ダメだったかしら?」
「もし奥様に洗濯を手伝わせていることが発覚したら、私の首が飛んでしまいます!」
……この様子、色々な方法で騙されて、いじめを受けてきたのかもしれないわ。
今の私は何を間違えたのか、侍女達をクビにする権限も持っている。
グレン様も当主としてクビにすることは出来るのだけど、私が元気な間は全て私に任せると言っていたのよね。
だからこの様子を見られても、この侍女がクビになったりはしない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。クビに出来るのは奥様だけですが、理不尽な判断はされません」
「私がここに来たのは、貴女の仕事を少し楽にしようと思ったからなの」
空になってしまった桶を水魔法でいっぱいにしながら、そう口にする私。
使用人の不安を解くのも、奥様の仕事の内だと思うのよね。
「洗濯って、何度も井戸まで往復しているのだと思うけど、それだと大変だから魔力を流すだけで水を作れる道具を作ってみたの。
使ってみてもらえると嬉しいわ」
「分かりました。どうすれば良いのでしょうか……?」
私の気持ちを分かってもらえたのかしら?
ようやく、手を伸ばせば届く距離まで近付いてもらえた。
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