15. 奥様の初仕事

 床や窓、窓枠に天井。一日だけでも埃が溜まってしまうから、風魔法を使って埃を集めていく。

 風魔法で取り切れない汚れは、水魔法を上手く使って落としていく。


 でも、明らかに高そうな装飾品は丁寧に布巾ふきんで拭いていく。

 魔法は便利だけれど、少しでも集中を乱して壊したら大変だもの。


「魔法はこんなことまで出来たんですね」


 家で同じことをしていたから難しくは無いのだけど、カチーナは驚いている。

 常識で考えたら、魔法を掃除に使っているところを見る機会が無いから、当然の反応だとは思う。


 でも、水魔法を扱えるカチーナにも出来ると思うのよね……。

 この違和感の原因は何なのかしら?


「カチーナも水魔法は使えるのよね? 練習したら、ずっと楽になると思うわ」

「私が出来るようになるには、侍女のお仕事をお休みして練習しないと厳しいのです」


 お屋敷の掃除を進めながら問いかけると、そんな答えが返ってきた。

 確かに魔法は練習すればするほど上手く扱えるようになる。


 けれども、使用人として働いていると、暇な時間はあまり無いらしい。

 仕方のないことだけれど、私達貴族のせいで才能が開花しないのは、すごく勿体ないことだと思ってしまう。


「言われてみれば、そうだったわね。

 私で良ければ教えるけれど、どうかしら?」

「良いのですか? ですが、そうすると奥様の身の回りのことが疎かになってしまいます」

「大丈夫よ。この服なら一人で着られるし、誰にも会わないからメイクもしなくて大丈夫だから」

「旦那様には会われますよね?」

「そうだったわ……」


 すっかり頭から抜けてしまっていたけれど、グレン様は夜に戻ってこられるのよね。

 だから、それまでにお掃除を終わらせて、普通のドレスに着替えなくちゃ。


 今はお昼過ぎだけれど、このお屋敷を全部掃除しようと思ったら日が暮れてしまうわ……。


「もう少し急いだほうが良さそうね」

「ほとんど午前中には掃除してありますから、この廊下の掃除が終われば今日は終わりです」

「そうなの!?」

「はい」


 頷かれて、少し残念に思ってしまう私。

 魔法を使っていたら、この廊下だけだと十分もしないで掃除出来てしまうのよね……。


「……ですから、奥様に掃除をして頂かなくても、仕事は回るんです」

「このお屋敷全部の掃除を一日で終わらせられるなんて、みんな優秀なのね……!」

「いえ、流石に無理なので、一週間の内に掃除する場所を決めていて、順番にしています。

 王家の方が来られることになると、皆で大掃除をしていますよ」

「それは大変ね……」


 そんなことをお話していたら、廊下の端まで掃除し終えてしまった。

 いくら掃除が行き届いていてもホコリは溜まってしまうみたいで、魔法で集めていた場所には小さな山が出来てしまっていた。


「こんなに集まったんですね。私達が手で掃除していた時の倍はありますよ」

「そんなに差が出るのね。それなら、掃除用の魔道具でも作ろうかしら?」

「魔道具って、おとぎ話に出てくる不思議な道具ですよね? 本当に作れる物なのですか?」

「ええ。私が着けてるこれも魔道具なのよ」


 魔道具はあまり広めたくないけれど、ここの使用人さん達も信用して良い気がしたから、軽く説明してみる。

 すると、すごく驚いている顔をされたのだけど……。


「奥様、ここにいらしたのですね! 王都から早馬が来たのでお知らせに参りました」

「何かあったのね? 私の家族は無事なのかしら?」


 知らせを聞いた私の顔も、かなり間抜けなものになっていたと思う。

 グレン様がいらっしゃらない時で良かったわ……。


「はい。死者は出ていませんが、怪我をされているかもしれません。

 魔物の大群の襲撃に遭ったそうです。城門が破壊され、王都の中に多くの魔物が入り込んだそうで、救援を求められています。

 詳細はこの手紙に書いてありますので、ご確認ください」

「分かったわ」


 侍女に差し出された手紙には、国王陛下のサインが書いてあった。

 文章に目を落とすと、援軍として兵士を向けるように書かれているところが目に入った。


 でも、私が指示を出しても良いのかしら?

 妻である私には代理を務める権限はあるけれど、こんな領地の防衛に関わる判断は出来ないわ……。


「と、とりあえず一度部屋に戻るわ」

「畏まりました」


 一旦落ち着こうと思って、部屋に向かう私。

 そんな時だった。


「レイラ……?」

「グレン様!? どうしてここに!?」


 グレン様に会ってしまって、慌てる私。


「やっぱりレイラなんだね。その服はどうしたんだ?

 まさか、侍女にいじめ……」

「私が勝手に着ましたの。この方が動きやすいですから」

「そういう理由なら良いが……」

「それよりも大事なお話がありますの。

 王都から早馬で届けられた手紙ですわ。確認をお願いします」


 今は服のことを話している場合ではないから、話を遮って手紙を差し出す私。

 それを目にしたグレン様の判断は早くて、十秒も経たない内に、こんなことを口にした。


「レイラ、俺は今から王都に向かう。

 その間、領地のことは任せたい。魔物の対処をするだけだが、大丈夫だろうか?」

「はい、魔物の相手なら得意ですから、大丈夫ですわ」

「助かる。では、すぐに王都に向かう。領地に関する資料は俺の部屋にあるから、確認しておいてくれ。

 分からないことがあったら、執事に聞いて欲しい」

「分かりましたわ」


 それから、グレン様は慌ただしく準備をして、五百人程の私兵を引き連れて王都に向かってしまった。

 一方の私はというと……。


「多すぎないかしら?」

「奥様なら今日中に把握出来ると信じております。頑張ってください」


 ……初めて舞い降りてきた奥様のお仕事……領主代行のお仕事をこなすための勉強に追われることになった。

 私の胸の高さまで積みあがる本に書かれていることを今日中に頭に入れるだなんて、普通なら無理よ!


 でも、グレン様の信頼には応えたいから、一冊目の本を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る