13. 帰りたいです
◇
あれから一時間近くかけて、私は屋敷の構造を頭に叩き込まされた。
お陰で自由に動けるようになったのだけど……。
「疲れたわ……」
「申し訳ありません。奥様が長旅の後だということを失念しておりました」
ダイニングの椅子に座ると疲れが一気に襲ってきて、つい愚痴を
「旅はブランの上に乗ってただけだから、大したことは無いわ。
それよりも、このお屋敷が広すぎるのよ……」
私は魔力だけなら馬鹿みたいにあるけれど、体力は普通の令嬢と変わらない。
だから、これだけ歩いたら疲れ切ってしまうのよね。
立っているだけなら、儀式やパーティーで鍛えられているから気にならないのだけど、歩くのは別問題だ。
「そちらでございましたか。
配慮が足りず申し訳ありません。もしお嫌でなければ、マッサージを致しますが……」
「お願いしても良いかしら?」
アンナの仕事を増やしてしまって申し訳ないという罪悪感に襲われながらも、そう口にする私。
疲労は治癒魔法でも治せるけれど、反動があるから使いたくないのよね。
ちなみに、反動というのは酷い筋肉痛のことだ。
筋肉痛自体も治癒魔法で治せるけれど、そうすると酷い疲れに襲われることになる。
だから避けた方が良いのよね。
怪我や病気でも翌日には疲労感に襲われることになるから、治癒魔法も万能ではない。
「では、失礼しますね」
その声に少し遅れて、手が私の足に触れる。
マッサージは気持ちの良いものと聞いていたのだけど、今は少しくすぐったい。
けれども、少しすると力が込められて、じんわりと痛みが襲ってきた。
「少し痛いのだけど……」
「少しでしたら、すぐに良くなりますから我慢してください」
その言葉を信じて、されるがままになる私。
足のお肉がほぐされるような動きを見つめていると、少しずつ痛みが薄れていった。
「……少し楽になった気がするわ」
一分もすれば痛みはどこかへ消えて、不思議な感覚に包まれる。言葉にするのは難しいけれど、心地良い感覚に似ている気がするわ。
疲労感もどこかに吹き飛んでいるから、マッサージの効果は恐ろしいわ。
こんな不思議な力があれば、治癒魔法はいらないもの。
広まれば治癒魔法の価値が少し下がる気がする。
怪我には効果が無いと思うけれど、聖女は疲れ切った騎士団を癒す役目も負うみたいだから、聖女の価値が下がるかもしれないわ。
「疲れも無くなりましたか?」
「ええ。驚いたわ。
ありがとう」
「いえいえ。お役に立てて良かったです」
お礼を口にすると、タイミング良く昼食が運ばれてきた。
「お待たせしました。ご昼食をお持ちしました」
「ありがとう」
お礼を言って、料理が並べられてたテーブルに目を落とす私。
今日は私一人しか食べないのに、五人分の食事が並んでいる。
どう見ても、私一人で食べきることなんて出来ない。
……私、大食いと思われているのかしら?
「これ、全部私の……?」
「左様でございます。奥様の好みが分かりませんでしたので、色々と用意いたしました。
食べきれない分は残していただいて構いません」
そういえば、高位の家では一口だけ食べて、残りを処分することもあると聞いたことがあるわ。
使用人が主人と同じ食事をとる事は、無礼に当たるとして禁止されているとも……。
もしかしたら、私が残した食事は全て処分されてしまうのかしら?
そうだとしたら本当にもったいないと思う。
「私はこれしか食べないから、残りはみんなで食べても良いわよ?」
「そんなことは出来ません。奥様が侍従と同じ食事をとっていると知られたら、当家の恥になってしまいます」
やっぱり、このご飯達は捨てられる運命なのね……!
それなら……。
「そうなのね。これは夕食に、これは明日の朝食にするから、冷蔵庫に入れておいてもらえるかしら?」
「その方が大問題でございます。奥様に冷や飯を食べさせていると知られたら……」
「温め直せば大丈夫よ」
食事は大切に。これはお母様の口癖だった。
無駄にしていたら、食べ物の神様に怒られて、満足に食べられなくなってしまうらしいのよね。
だから、この食事は絶対に食べて見せるわ!
「そういう問題ではございません」
「捨てる方が大問題だわ。勿体ないじゃない!
それに、貴女達が秘密にしていれば、恥にもならないと思うのだけど?」
「確かにそうですね……。
分かりました。では、こちらは私達で頂きますね」
なんとか私の意見を受け入れてもらえたから、ほっと息を
私が選ばなかった料理達は下げられていって、テーブルの上には私の分だけが残されることになった。
けれども、今度は広すぎるテーブルのせいで、少し寂しく感じてしまった。
来客に備えているからなのかしら?
このダイニングには椅子が十二脚もあって、その分テーブルも広くなっている。
私は一番上手側に座らされているから、この無駄な広さが気になってしまって落ち着かないわ。
アルタイス邸で暮らしている時は、使用人さん達も一緒にワイワイとおしゃべりしながら食事をとっていたから、今日の一人だけでの食事はすごく寂しい。
まだ初日なのに、王都に戻ることは許されないのに、今まで暮らしていた屋敷に帰りたくなってしまった。
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