悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵

第1章

1. 罠に嵌められました

 私とジャスパー様の婚約は、貴族では当たり前の政略的なものだった。


 ジャスパー様の家は私の魔法の力を欲していて、逆に私の家はお金を欲していた。

 婚約の打診があった時、私の両親は喜んだらしい。


 何しろ、貧乏なアルタイス伯爵家に筆頭公爵家のマハシム家から縁談が来たのだから。

 私の意思を無視したものだけれど、この婚約に不満なんて無かった。


「レイラ、今日も可愛いね。天使みたいだ」

「ジャスパー様も、すごく素敵です」


 お互いに褒め合う関係になっていたから、喧嘩することも少なくて、彼と一緒に過ごす時間は心地よかった。

 ちょっと引く……お父様とお母様が卒倒するくらいの大金を対価に、私の魔法の力をジャスパー様の家のために使うこともあったけれど、優しい両親のため使用人さん達のためにと思うと、全然苦にならなかった。


 でも、そんな関係もあるときを境に変わってしまった。



 貴族なら十五歳になる年から三年間通うことが義務付けられている学院に通い始めてから、私は他のご令嬢達から嫉妬の目を向けられるようになってしまった。

 ジャスパー様は今でも一部の方々の憧れだけれど、魔法の才能だけ婚約している私が許せないらしい。


 実際は、彼に釣り合うように色々な勉強をしたり、公爵家のご令嬢のような作法が出来るようにマナーの練習だって必死にこなしているのに、私の目標だったパメラ・アルフェルグ公爵令嬢様が中心になって、私を貶めようと色々な噂を流している。

 ジャスパー様は最初こそ噂を信じていなかったけれど、いつからか私と距離を置くようになっていた。



 そして、学院に入ってから一年と少しが経つ今日のパーティーで、彼からこんな言葉を投げかけられてしまった。


「レイラ、君のような悪女と婚約を続けることは出来ない。今日この時をもって、婚約を破棄させてもらう」


 その言葉が聞こえた瞬間、血の気が引くような感じがした。

 でも、ここで倒れるわけにはいかないわ。


 マハシム家のお陰で、伯爵家らしい財力になったとはいえ、私の立場は弱小伯爵家の令嬢。

 彼の言葉に逆らうことは出来なかった。


 どうしてパメラ様を寄り添わせているのか、どうして私を悪女だと判断したのか……聞きたいことはあるけれど、ここで逆らえば家族や使用人達に迷惑をかけてしまう。

 どうにもならない婚約のこと以外では私に優しくしてくれている家族だから、迷惑はかけたくないの……。


 だから、何も言い返さないで次の言葉を待っている。


「ジャスパー様、この悪女はしっかり理由を説明しないと理解できないと思いますわぁ。

 ちゃんと、最初から魔法の力が欲しくて利用していただけだって言わないと、未練から付き纏われてしまいますわぁ」

「……そうだな。

 レイラ、君はお金欲しさにパメラの宝石を奪ったそうだな。証拠も残っている」

「私は盗みなんて……」


 けれども、流石にやっていない無実の罪を押し付けられたら、ただ黙っていることなんて出来なかった。

 嵌められた。そう分かったら、頭に血が戻ってきてくれた。


「証拠は出ている。だが、僕は心が広いから、婚約者である君の失態の責任は取ってあげたよ。

 盗まれた宝石の弁償という形でね。だが、これ以上は無理だ」


 私の言葉を信じてくれないどころか、パメラ様の「私が利用されていた」という発言も否定してくれなかった。

 きっと今まで私に優しくしてくれていたのは、私の魔法の力をただ利用したかっただけなのね……。


 今までずっと信じていた友達もパメラ様の発言に頷いている。

 私を信用してくれる人は、もう貴族の中には居ないのかもしれないわ。


「惨めね……」

「身の程をわきまえないと、ああいう風になるっていう良い見本ですわね」

「でも、性格も悪女と聞きますわ。因果応報というものですわ」


 どこに耳を向けても、私の味方をしてくれる人は居ない。

 私の魔法の力も、強力な治癒魔法が使えるパメラ様には勝てないらしい。


 仕方ないわよね。

 どんな病でも、どんな怪我でも治せるパメラ様の機嫌を損ねたくないと思うのは当然だもの。


 だからと言って、他人を裏切るというのは違うと思う。

 でも、これが貴族の本質なのよね……。


 私、決めました。

 平気で人のことを裏切って悪女と決めつける貴族達と関わるのはやめて、自由に生きていく。


 その方が、楽しくて幸せになれると思うから。

 このまま勘当してもらえば家族に迷惑をあまりかけずに済むはずだから、屋敷に帰ったらすぐに行動しなくちゃ。


「婚約破棄を受け入れますわ。さようなら」

「泣いてる惨めな姿が見られると思ったのに、残念だわ……」


 一礼してから踵を返す私の背中に、そんな声が投げかけられる。

 でも、気にしないでパーティーの会場を後にした。

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