第8話 7周目 好感度アップイベント

 いつも通り、聖女覚醒イベント兼、好感度アップイベントがやってきた。いつもどおり、私はワイバーンの凶刃からカナエを守り、彼女の代わりに負傷をする。つまり、相も変わらずカナエは私のルートでのエンドを目指して爆走しているのだ。


 倒れ伏した私を抱え、祈りながら、カナエは涙をこぼす。


 どうして彼女は、毎度こんなに辛そうな顔をするのだろう。まるで自分が傷ついたかのような、痛みをこらえるような顔。


 これはお決まりの確定イベントだ。怪我の程度は決まりきっているし、死ぬこともなければ彼女の祈りによって傷が残ることもない。


 何周も繰り返して、何度もこのイベントを繰り返している筈なのに、彼女は必ずいつも心底辛そうに泣く。


 ぽろぽろとこぼれる涙を指ですくって、頬を撫でた。


「泣くことはないよ。君が、癒してくれるから、私は大丈夫さ」


「それでもだめなの」


「私の怪我は何度だって、見ただろう? それに私はカナエを守るための盾だよ。怪我なんてどうってことないさ」


 別に、こんなことを言わなくてもストーリーは進む。けれど聞いた所で、ストーリーに恐らく影響はない。


「何でそんな事を言うの? 何度だって、だめ! 怪我は嫌……アーネスト様が傷つくのは、嫌なの」


 私は一瞬、言葉に詰まった。まるで、私が人間であるかのように、彼女は接する。ゲームでないかのように。


「そうなんだね……」


 それ以上の言葉が見つからなくて、私はただ、カナエの頬を撫でた。もう怪我は癒されているが、彼女が落ち着くまで待つ。


「……取り乱してごめんなさい。怪我治りましたね。立てそうですか? アーネスト様」


 まだ止まらない涙を強引に拭って、彼女は口角だけをあげて笑みを作る。いつも快活なカナエが時々見せる、この不器用な笑顔。それは私にそれ以上踏み込んでくれるなと言っているようでもある。


「ミカ」


「え?」


「前に『ミカ』って呼んでくれただろう?」


 それは、一番最初の覚醒イベントの時のことだ。あれ以来、彼女が私をそう呼んだことはない。前の周回の話を持ち出すのは、もちろんゲームの中ではルール違反だ。けれど、呼び名を少し変えるくらい、いいだろう。


「それは……」


 あれは無意識に言ったんだろう。カナエが焦ったように目線をさまよわせる。


 『ミカ』という呼び名は、ミヒャエルをホルスト風に読んだ時の愛称だ。ホルストはカイルの祖国だから、読み方を聞いていたのかもしれない。


「嫌かい?」


 上半身を起こして、カナエの手をとり口づける。


「えっあのそれは…」


「ミカって呼んでくれたら嬉しいよ」


 カナエ以外のヒロインは、私のことを「ミヒャエル」と呼んでいた。それはゲームで定められていたからという他ないのかもしれないが。カイルのことは「カイル」と呼び捨てしているのに、私だけ「アーネスト様」なのは何故なんだ。


 返事がないので、笑顔を作ってカナエの顔を見ると、やや怯えたような顔をした。メインヒーローの優男に微笑みかけられて、ヒロインがしていい顔ではない。


「カナエ?」


「ヒッ」


 微笑みかけているのに、ますますカナエが怯える。


「……じゃあ…ミ、ミカ……」


「なんだい?」


「ヒエエ……もう無理です! お元気で何よりです!」


 叫びを上げて、カナエは私から離れ、背を向けてしまう。その耳がしっかりと赤く染まっているのを見て、私は満足した。

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