真紅

京野 薫

嫌いな季節

私は冬が嫌いだ。

と、言っても気温の低さが嫌なわけでは無い。

冬と言う季節に付随する様々な事がたまらなくウンザリする。

人は何故寒いと温もりを求めるのだろう?

なぜ繋がりを求めるのだろう?

多分、人は本来寒い環境で生きるべきではないんだろう。

だから、不自然な環境に対して過剰に繋がって心を保とうとするんだ。

クリスマスや年末年始の行事ごとは特にそうだ。

イルミネーション。クリスマスプレゼント。あけおめライン。初詣。恋人たちのためのイベント。気の置けない友人や家族との身も心も温まる時間。

さぞ素晴らしい時間なんだろう。

お互いの愛や友情、信頼を再確認し満足感に浸る。

大変結構なことだ。

私も心揺さぶられる。許されるなら唾を吐きかけてやりたいくらい。

生きている限り外を歩かないと行けない。

当たり前だ。

そうしないと食べ物も買えない。生活必需品も買えない。

それに仕事だって行かないと。

見たくて見るわけじゃないし、関わりたいとも思わない。

でも、それらは否応なしに目に耳に飛び込んでくる。

ショッピングモールや駅前のイルミネーション。

普段はどうと言うことも無い景色なのに、こういうときだけどこから沸いて出てくるのか家族連れやカップルが大量発生する。

幸せそうな家族連れを見ていると、仕事帰りの疲弊した心に堪える。

ああ、そうだ。

学生たちもだった。

仲の良いお友達。友達ごっこに浸って自己満足と安心感に浸っている奴ら。

そいつらも沸いて沸いて・・・

今日は金曜日なので特に酷い。

来週から一つ前の駅で降りようか。

仕事帰りだし寒い中を多めに歩くのは気が進まないが、私が降りる駅は大きめの駅のためどうしたって連中が目に入る。

そうだ。食材を買ってるショッピングモールも今度からは職場近くのスーパーにしよう。

それは魅力的なアイデアに感じ、少しの間私の心を暖めた。

そして、もう一つ私の心をほのかに暖めてくれる物を取り出す。

スマートフォン。

正確にはスマホの待ち受け画面。

そこに写っているハンバーガーを食べている彼の写真。

あさっての方を向いているがそんなのは問題じゃ無い。

そう。彼はハンバーガーが大好物なのだ。

それとポテトを一緒に食べるのが何より好きらしく、それを知ってからは私も真似するようになった。

ドリンクは必ずコーラ。

今では私もコーラが大好きだ。

そして、私の傍らにはお持ち帰りのハンバーガーとポテト。そしてコーラがある。

彼もきっと喜んでくれるだろう。

その顔を想像すると先ほどまでの鬱々とした気分も幾分晴れる。

もうすぐ駅に着く。

電車が止まると、私は降りて足取りも軽くホームを歩き出す。

この大きな駅はうっとうしいイルミネーションもあるけど、彼と同じ駅というのが有り難い。そのためにわざわざこの駅の近くに引っ越したのだ。

職場から遠くはなったけど、彼のためなら問題ない。

私は改札口を出て、じっと待つ。

彼は恐らく二つ後の電車で降りてくるはずだ。

その辺は把握している。

待っていると、急に緊張してきた。

顔を上げると目の前のエレベータを囲むガラス部分に自分の顔が写っていた。

むくんでいるかのような丸い輪郭に、小さな目と団子鼻。肩まで伸びた髪はくせっ毛のせいかバサついている。体型もダイエットの甲斐無く俗に言う小太り。

目の前のガラスはそんな現実を容赦なく突きつけてくる。

私は目を逸らすと横を向き、右手で首の後ろを何度もこする。

彼はきっとこのハンバーガーを気に入ってくれるだろう。

早く会いたい。

愛しいあなた。

それからしばらく待っていると、ホームの方からアナウンスが聞こえ、やがて人の波が鈍く重い音を立てて近づいてくる。

私は目をこらすと、案の定人並みの中程に彼の姿を見つけた。

私は待ちきれず、改札の方に近づいた。

彼は改札を出るとそのまま歩き出そうとしたので、私は慌てて声をかける。

「一樹さん!」

彼、山浅一樹(やまあさ かずき)は私の声に振り向いた。

私は嬉しくなって、彼の方に駆け出す。

「一樹さん、お疲れ様。お仕事どうだった?これ、あなたの好きなハンバーガー。冷えちゃったけど、温めればいいよね」

彼はしばし言葉も無く私を見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「進藤さん・・・もういい加減止めてくれないか。困るんだ」

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