願いを叶えてくれる魔法の猫
藤 明
魔法の猫と封印の石
第1話 机の中から出直してきた猫
彼が通っている高校から帰宅して、いつも通りに家の玄関を通り、まっしぐらに自分の部屋へと進んでドアを開ける。
すると、そこにはポテチをつまみながら空中に浮いている漫画を尻尾で上手にめくりながらダラダラと寝転んでいる、毛が長く美しい灰色の猫がいたのだった。
まるで人間のような動きをする猫だった。
しばらく伸太郎がその唐突で不自然な光景を頭で整理しきれずに固まっていると、灰色の猫の耳がピクピクと動き、ゆっくりした動きで振り返り伸太郎の方を見てくる。
「ん? ……あっ!」
灰色の猫がやたら可愛らしい声を出して、人間の様に驚いた表情をすると、しばらくの間を置いた後、突然慌てたように流暢に人間の言葉を喋り出す。
「……や、やり直しを要求する……ニャ!」
伸太郎は映画のCGの猫の様になめらかに表情筋が動くのを見て、あまりの非現実感に戸惑っていた。それでも彼は固まって動かなくなった頭を無理矢理フル回転させて目を泳がせながらも返答を絞り出していた。
「え!? ……へ? ……っと……なにを?」
「部屋から出てドアを閉めて! 様式美が出来ない……ニャ」
取ってつけたような語尾の「ニャ」に疑問を抱きながら伸太郎はゆっくりと後退りながら人間の様に喋る灰色の猫を凝視しながらドアを閉める。ドアの取っ手を掴んだまましばらくしてからやっと思考回路がまともになってくる。
(……へ? な? ちょ、ちょっと今のは何??! なんかいた! やたら綺麗な猫が部屋にいた? え? 違うだろ! 猫が喋った! 顔が動いてた!! あれ? 俺、今、夢見てる? あれ? なんか俺おかしい??)
伸太郎は驚きのあまりにずれた眼鏡を元の位置にクイっと戻した後、ドアの取っ手を握り締めながらしばらく自問自答をする。
一呼吸置いてからすぐに意を決してドアを力強く開け放つ。
バン!
が、そこには何もいなかった。
先ほど見えた灰色の猫だけで無く、ポテチも漫画も跡形もなく消え去っていた。
(何もない……な……)
伸太郎は一瞬、呆然として固まるが、すぐにいつも通りに背負っていたかなり大きめのスポーツバッグを椅子の上に放り投げて眼鏡を外し、そのままベッドにダイブして突っ伏して頭を抱える。
(……あー、やっぱり幻覚だよなぁ、それか鮮明な夢だなこりゃ……なにか変わるかと期待しちゃったよ……)
伏せたままの頭を本棚の方に向けて、先程見た灰色の猫が読んでいたであろう漫画を何気なく見て指でなぞる仕草をする。いつも通りの場所に、いつもと変わらずに全巻が綺麗に揃えてあった。
(最近、勉強し過ぎたか……やっぱりちょっと無理し過ぎたかぁ……不幸な事が流石に多すぎ……俺、やっぱりストレス溜まってんのかな……体調はいいんだけどな……)
伸太郎は身体を重そうにしてゆっくりと起き上がると眼鏡をかけて、スポーツバッグから運動着や、汚れた服が入った袋を取り出し部屋を出る。
そのまま脱衣所で家族の洗濯物と共に洗濯機に放り込み、全自動洗濯機のスイッチを入れる。
彼自身も自動モードで普段どおりの日課をこなしているのか、なにも考えずにキッチンに向かい冷蔵庫から夕飯の料理の具材を取り出す。
(あれ? レシピ無いな……スマホ見るか)
いつもはあるはずのミールキットのレシピの冊子が無いことに気がついた伸太郎はスマホを取りに自室へと向かう。若干、先程の幻覚か夢かわからない現象に頭がボーッとしている感じだったが、身体はいつも通りに行動をしていた。
ガタ、ゴトッ、ガタッ
自分の部屋から小さな物音がしたような気がして彼は一瞬動きを止める。若干不安になりながらゆっくりとドアを開けて部屋に入る。何となくだか彼は変な空気を感じているようで、不安げに若干視線を泳がせながら見回す。
特に大きな変化が見受けられなかったので意を決して迷わずに自分のスマホをバッグから取り出しミールキットのレシピを検索する。
ガタ、ガタッ……
「……やっぱり開かない……何か引っ掛かってる?」
「……」
先程聞いた女性らしい可愛くて艶っぽい声と共に伸太郎は机の引き出しが動いているのを視認する。バッグが丁度良い感じに引き出しと椅子にはさまれて開かない状態になっている様だった。が、彼は構わずに検索を続けレシピの確認をする。
(あ、これ夢だわ。幻覚……じゃ無いよな……引き出しを開けたら場面変わるのか? 明晰夢ってやつなのか?)
「……恥を忍んでお願いするわ……ニャ、引き出しの前にある何かを退けてくれないかニャ?」
「……」
伸太郎は無表情、無言でバッグを退ける。すると勢いよく引き出しが開き、先程の毛の長い灰色の美しい猫が恥ずかしそうに恐る恐る出てくる。
「……ありがとう。ニャ」
「……」
伸太郎はしばらく考え、一つの結論に至った。これはやはり明晰夢だと。夢なのに自分が自由自在に動ける、それに猫が引き出しに収まる体積を持っていないし、そもそも、彼の目には猫の向こうにある引き出しの底側が黒く歪んで見え、彼にはとてもじゃないが現実のものとは思えない様だった。それに猫が流暢に人間の言葉を喋るのはおかしいと感じていた。
「あ、あの? なんかリアクションとか、その、なんか喋ったりしない? のか……ニャ?」
「……」
「お、おかしいわ……机の引き出しから出るだけで大ウケするって聞いてきたのに……ドン引きされているわ……ニャ」
伸太郎は愛くるしい姿なのに妙に人間らしく、落ち込んだ動きをする灰色の猫にとてつもない違和感を感じているようだったが、とりあえず夢の中だから楽しんでみようという発想に至った。
「……あ、なんか俺の運命を変えるとか、願いを叶えてくれるとか……か?」
伸太郎の発言に、自信を失いおどおどした振る舞いをしていた灰色の猫の表情が晴れやかになり、誰の目から見ても喜んでいるのがわかるくらいに変わっていく。
「おお! その通り!! やっぱり引き出しから出ると分かってくれるという話はほんとうだったのね!……ニャ」
「凄いな……ピクサーの映画に出てくる猫みたいだ……え、運命変えたり願い叶えられるの?」
「なにを言っておる? お主様がそう言ったではないか?……ニャ」
一人と一匹の間に妙な間が生まれる。灰色の猫が人間の子の様にコテっと首を傾ける。
「?」
「は、ハハッ、マジか。あー、それなら、えーっと……」
頭があまりついていっていない伸太郎は机の上に出しっ放しにしていた旅行のパンフレットに目を止める。夢なのにすごい再現性だなと思いつつ思いつきを口に出してみる。
「あ、それじゃ沖縄行きたい」
「?オキナワ? 地名の事かニャ?」
「そうそう、ほら、これ、この写真の所」
「すごい再現性の絵ねぇ……あ、私にはその場所が分からないから強く念じてみて……ニャ」
「わ、分かった」
伸太郎は灰色の猫の言葉に素直に従い沖縄をイメージしてみる。沖縄……飛行機に乗るんだよな……不幸体質の自分が乗ったら落ちるんじゃないか……とネガティブな方向に色々と彼は考えていた。
「……本当に行きたいの?……かニャ?」
「……多分」
「随分少ない願いの力ね……まぁ、いいわ、私の力の証明になるし……ニャ」
灰色の猫がなにやら聞いたことのない言葉でなにやら唱えると、伸太郎の身体からうっすらと青い光の粒子が出現し、灰色の猫の前に集まっていく。
すると何もない所の空間が歪み、パンフレットに写っている写真サイズの穴が出現する。
「お、おお!? おお!!! お? ちっちゃ!」
「やっぱり願いの力が少な過ぎたみたいねぇ、ニャ」
「す、すごいな、向こうの景色が立体的に動いてる。映像じゃないな……不思議……。これがリアルどこでもドアか?」
伸太郎が何気なく手を伸ばして空間に空いた穴を触ろうとすると、突然、手にもの凄い衝撃が走り弾き飛ばされる。
「ダメ!! 不安定だから指が切れちゃうわ!」
「え! ええっ!? 指がっ?」
何もないものに弾かれた感覚に伸太郎が驚き、自分の指が切れていないか確認していると、灰色の猫がなにやら手を動かしはじめ、それと連動するように机の上にあったシャープペンシルが宙を浮き穴の中で停止する。と、同時に空間に空いていた穴が勢いよく閉じる。
パンッ!
空間が弾ける音と共に、綺麗に切断されたシャープペンシルが地面に落ちていく。
「! あ! ……そうか、そうなるのか」
「そうなるの、ニャ」
(すごい夢だ! なんかメチャクチャリアルだ、毎回こんな夢だ面白いんだけどなぁ)
「それでお主様、本当に叶えたい願いを言うニャ! 多分、今のは思いつきだったはずだニャ!」
先程とは打って変わり、自信満々な態度で灰色の猫が伸太郎の脇にストっと二本足で飛び降りながら催促する。どうやら灰色の猫も色々と不安だったようだ。
(……二本足で立ってるし……願いごとって言ってもなぁ……)
「何かないかニャ? 金持ちになりたい、偉くなりたい、試験でいい点数を取りたい、身体能力を上げたい、好きな子を魅了したい……なにかあるでしょう? ニャ?」
伸太朗は演劇の様に情熱的に動く灰色の猫の所作に感心して見入っていた。
(すごい動くなぁ……人間が猫の身体を操ってるみたいだな)
「なんか、こう、ほら、あれ、ランプの魔人みたいだな、願いを叶えると、何かを差し出さないとダメなやつじゃないの?」
「……昔話によくある悪魔との取引の物語のこと? 大丈夫、呪ったり、死んだり魂を抜くなんて事はないわ。ニャ」
「……まじか、それなら……」
ガチャッ!
「ただいまぁ、兄い兄い今日のご飯なにい?」
一階の玄関のドアが勢いよく開く音と共に元気で可愛らしい小学生くらいの女の子の声がした。
「あ、帰ってきたか……今レシピ見てる所、ちょっと待ってて」
伸太郎がドアに向かって大きな声で答え、灰色の猫の方を振り返ると、そこにはいつも通りの部屋、先程までいたはずの灰色の猫はおろか、切断されたはずのシャープペンシルさえなかった。慌てて左右をみまわし、灰色の猫の足跡を感じ取ろうとするが、姿も音も感じられなかった。
(やっぱりね、俺、疲れてるのか、やっぱり夢だよなぁ……すごい面白かったけど、続きみたかったなぁ……)
「あー! ご飯炊いてないじゃん! 私やっとくねー!」
「おー、ありがとー、今行くわ」
元気な妹の
◆ ◆ ◆
「だだ今ぁ、ごめん、遅くなった」
夜もふけた頃、慌ただしくスーツを着た母親の
「おかえり、お疲れぇ、ご飯はレンジに突っ込んであるよ」
「ありがとー。ほんと助かるわ。ツムちゃんは?」
「風呂。出てから宿題やるってさ」
伸太郎はキッチンで洗い物と片付けを終えながらリビングへと移動をする。その姿を見て何かに気がついた珠稀が訝しんだ感じで話しかける。
「ん? シンちゃん……なんかあった? また服ダメにした?」
「……え?」
伸太郎は何時もながら微妙な変化を感じ取る母親の感性に驚きを隠せなかったが、流石に幻覚と思える事を相談する事はしなかった。
「……特にはない……かな? あ、俺、勉強してくるわ」
「あ、もう中間テストか、がんばってね」
「おー」
珠稀はいつもの雰囲気と何かしら違うことを感じている様で、キョロキョロと辺りを見回した後、怪訝な顔をしながらキッチンの方へと歩き出して行った。
◆ ◆ ◆
伸太郎が明かりのついていない二階の自分の部屋に入ると、空気が変わったかのような錯覚を受けた。慌てて部屋の明かりをつける。
「おかえりだニャ」
そこには先程姿を消した灰色の猫が空中に浮く筆に絵の具をつけて何やら描いているようだった。伸太郎が辺りを見回すと壁や天井、床に至るまで見たこともない文字がびっしりと精密に描かれていた。
伸太郎はしばらく呆然と部屋の変わりようを見ていた。
「……あ……えっ? ええっ?? ちょっと、ちょっと待って!」
「あ、ちょっと待つニャ。そこは踏んではダメニャ」
伸太郎が踏みとどまり、どうやって掃除するのか、どうやって親にこの事を誤魔化すかを額に手を当てながら考えていると、灰色の猫がなにやら聞いたこともない言葉を発声すると、描き殴られた文字がうっすらと青く光り、何事も無かったかのように消えていく。
「これで完成よ、ニャ」
「……掃除しないで済んだ……あ、また見える……俺、やっぱりおかしいのか……文字が消えた……」
「あーごめんなさい。魔法を使ってもバレないように色々やってたの。ニャ」
灰色の猫が申し訳なさそうな素振りをすると、手に持っていた筆が一瞬で消え去る。あまりの情報量の多さに伸太郎の頭がまだフリーズする。
(これは夢だな……あれ? でもさっき風呂入ったし、風呂入る夢なんて見たことないし……飯も食べた感覚もある、トイレも行ったし、見たことも無いニュースも見た……それから……)
「お主様の家族は魔法を使えたりするのかニャ?」
「……この世界に魔法なんて無い……はずだけど、今、俺の目の前にいるものが魔法だよね?」
「? それは変ねぇ、そこら中に魔法の気配するんだけれども……ニャ、それで願い事は決まったかニャ?」
「ごめん、何も考えてない。やっぱ俺、疲れてるんだな……」
「そうねぇ、たくさん憑かれてるわねぇ。ニャ」
「ハ、ハハッ、俺、寝るわ。あ、疲れが取れるくらいぐっすりと寝たいわ、これって願いに入る?」
「うーん、あ、入るみたいニャー、少しだけ力を使えそう。それでは良い夢を見るニャ……」
灰色の猫がなにやら伸太郎には聞き慣れない言葉を発音すると、伸太郎は崩れ落ちる様に眠りに落ちて行った。
◆ ◆ ◆
チュンチュン。
「おはようニャ〜」
「……おはよう?」
「よく眠れたみたいニャ、良い夢見れているはずニャ。快眠の魔法が良く効いたみたいニャ」
「……夢……続いてるのか……」
伸太郎は空が白み、朝日が登ろうとしている時間に目が覚めた様だった。しばらくぼーっとしている様子だったが、デジタル時計の時間と日付を見て、突然何かに気がついたのか彼が慌てはじめる。
「うわ!!! ヤバい! ヤバイ! ちょっと待って! 嘘だろ???」
「ど、どうしたの? 何か起きたの??」
「最後の追い込みの時間が! 徹夜してやる予定だったのに!!」
「だから……何を?」
「テストだよ、テスト! 試験! 今日あるの!」
「……ん? 勉強をサボってたの? 自業自得だニャ」
「サボってねーし! 俺みたいな普通な頭の人間は、普段の勉強と一夜漬けしないとついて行けないの!!」
「あ、それならば願い事をすると良いわ。一夜漬け……記憶力が上がります様にって。ニャ」
「記憶力が上がりますように! ニャ!! ってこんな事やっている場合じゃなかった!」
伸太郎はあわてて昨日のままにしていたスポーツバッグから教科書や参考書ノートを取り出し慌てて見返し始める。ノートに整然と整理された内容から判断すると割りと真面目な性格の様だった。
「おお、今度は本当に願っているみたいだニャ〜♪」
灰色の猫は手を器用に動かし、伸太郎から湧き出してくる青い光の粒子を纏めると何やら呟く。と、伸太郎のまわりを柔らかい光が包み込む。
(ふむ、それにしてもなかなかの良い魔法になったわね。やはり願いの強さなのかしら?)
灰色の猫は自分のかけた魔法を分析をしながら、自身のかけた魔法の出来に自画自賛をしている。灰色の猫の目前で伸太郎はとてつもない速さで早送りをしているかの様に教科書のやノートのページをめくり、眼球が小刻みに震え、あまりの速さ故、分身しているかの様に見えた。
(これなら大丈夫ね。私は一眠りしますか……さすがに……心は疲れるものねぇ……)
◆ ◆ ◆
チヤンチヤンチヤラン♪ チャンチャンチャラン♪
スマホのアラームが部屋に鳴り響く。勉強に集中していた伸太朗が体全体でビクッと反応し慌ててスマホと部屋の時計を慌てて見比べる。
「うわっ!! あれ? まだこんな時間?」
「んーっ! お主様、集中してたわねー随分捗ったんじゃないの? かニャ?」
灰色の猫もアラームで起きた様で全身で猫らしい伸びをしながら伸太郎に話しかける。
「あ、ああ有難う、魔法の力? なのか? これ? 幻覚……じゃ無いのか。すげぇな、これ、こんなに集中したの初めてかも」
「まだ夢とか幻覚と思っているのね……先か思いやられるわ、ニャ」
どう考えても夢じゃ無い、いや夢だ幻だと色々考えつつも伸太郎はいつも通りにジャージに着替え、大きめのスポーツバッグに必要なものを詰めていく。その脇を灰色の猫は空中を漂いながら興味深そうに観察していた。この世界の常識があれば、学校に行くには随分と大きなバッグとビニール袋に入った着替えの数だった。
「家族はもう居ないのかニャ?」
「みんな早かったり遅かったりだからな……って、なぁ、浮いてねぇ? 浮いてるよな? 猫が空中浮いてるとパニックになると思うんだけど。俺もちょっとパニックなんだけど??」
「大丈夫だニャ、気をそらす魔法をかけてあるから、だーれも気がつくはずは無いニャ、魔法使いはいないのでしょう? ニャ」
(これは幻覚の類だろうか? あーだめだ、頭がこれ以上回らない……学校、学校だな……間に合うな、遅刻する感覚なのに間に合う感じ……変すぎる……ついていけない……)
伸太朗は色々考えながら準備を終え、玄関のドアを開けると、門の前に一人の可愛らしい制服姿の少女が立っていた。
「おはよう〜ちょっと遅いかも。はい、バッグ渡して。急がないと!」
「おはよう、何時もありがとな」
「良いってば。じゃ、頑張って!」
「おう」
(この少女は侍女なの? かニャ?)
(違うよ、近所に住んでるひじり、
(伝えようと思って考えるニャ、そうすると伝わる魔法ニャ)
(……やっぱり夢か……)
(夢じゃ無いニャー。疑い深いニャァ……いつになったら信じるニャぁ~)
伸太郎はバッグを玄関外の地面に置くと、聖を置いてスタスタと先に小走りで走り出した。聖はもの寂しい感じで立ち止まってバッグを両方の肩に抱えながら伸太郎を見守る。大分距離を開けたところで灰色の猫が若干呆れた感じで塀の上を飛ぶ様に走りながら質問をする。
(男が侍女でも無い少女に荷物を持たせるとは、お主様は何を考えているのかニャ? 嘆かわしいニャ……)
(ああ、それはなっと!!)
と、突然、伸太朗の進行方向右から自転車が突っ込んでくる。が、ひらりと伸太朗は見事なフットワークでかわし、何事もないように突き進む。と、思いきやなぜか突然彼の顔面に飛んできた新聞紙が覆いかぶさろうとするが、伸太朗は素早く手で打ち払うやいなや何故か老人が彼の目前で転び、伸太朗がものすごい速さで助け起こして素早く老人の目の前から離脱をすると前触れもなく自動販売機のゴミ箱が倒れ足元に大量の空き缶が散乱するが、伸太郎は飄々とそれらを避けて突き進んでいく。
(な、なにがおきているの??)
灰色の猫はアトラクションのごとく起きるトラブルに驚きながらも飛んでくる看板を避け、彼から離れまいと空を飛び屋根をつたいながらついていく。先程、バッグを預けた少女も被害が出なさそうな距離を置いて、付かず離れずの位置で彼についていく。その間にも伸太郎には普通ではありえない何かしらの事故が起きそうだったが、彼はそれらを上手にかわしていくが、たまに足がもつれたりして不自由な印象を受ける感じだった。
灰色の猫はあまりの事に呆然としながらも、彼の周囲を魔法の力で探ってみる。
(な、なにあれ、体中に黒い靄がまとわりついているじゃない!! 精霊? 呪い? 魔力? あれを惹きつけているの??! 足にもすごいのが憑いてる!! 彼には見えていないの!!?)
伸太朗が数百メートル先の高校の校門にたどり着く間際に、目の前でころんだ小学生の男の子を拾い上げると同時にどこからともなく飛んできた鳥の糞が彼のジャージの肩を直撃する。
(今日は被弾ひとつか……)
小学生が肩に落ちた糞を見て、とても申し訳無さそうに謝っていた。伸太朗は彼が小学校の方に行くのを見届けると、やっとのことで校門を通過する。と、灰色の猫の目には彼にまとわりついていた黒い靄や色々な物が一気に霧散していくのを感じた。
灰色の猫は思った。これはとてもまずい事だと。旅行気分で軽い気持ちで引き受ける仕事ではなかったと……
(こ、これは……なんと厄介な使命……神よ、この取り憑かれた少年を幸せにすることなんて無理。なんて難儀な試練なの……と、言うよりも彼はなんなの???)
灰色の猫が学校の壁を飛び越え、先ほどの少女からバッグを受け取り、一人で着替えをしている伸太朗へと近づく。
「お、入れたのか、って事は悪霊とか、妖怪じゃないのか?」
「……どう言う事? ニャ?」
「なんか、ここ、神様が守る神聖な場所なんだってさ、よく知らないんだけど……」
「そ、そうか……ニャ」
ふと伸太朗が思いついたように灰色の猫に話しかける。
「あ、俺の願い、あるわ」
「……」
「普通の人生を送りたい」
「……ぜ、善処するニャ……」
灰色の猫はこの世界の文明にひかれて軽々しく受けた使命が、ものすごく厳しく重い事にたった今、気がついたのだった。
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