魔王が来たりて全壊す~ドアマットヒロインなたぬき姫、悪役令嬢になる~

黒幸

1 魔王死す!

 世界と迷宮ダンジョンは密接にして、歪な関係で結ばれている。


 ダンジョン。

 世界各地に出現した不可思議な構造体のことであり、様々な形態と外観を伴っていた。

 一概にこれといって定まった形態を持っていない。


 そもそもが迷宮――ダンジョンと呼ばれるようになった理由は至極、単純だ。

 最初にダンジョンと認識された構造体が地下九百九十九階層に連なる広大な地下迷宮だったからに他ならない。

 この巨大なダンジョンは『黎明の大迷宮』と名付けられ、未だに健在である。


 その後、世界の各地にこのダンジョンと類似した謎の構造物が出現した。

 時にダンジョンは地下迷宮の形を取らない。

 見上げても上が確認出来ないような巨大な塔であったり、幻想的な雰囲気を醸し出す古城であったりと様々だった。


 これにも理由があった。

 ダンジョンには『|迷宮の主《ダンジョン・マスター』と呼ばれる存在が必要不可欠である。

 ダンジョンを維持するのに必要なコアは膨大なエナジーを発生させなくてはならない。

 それが可能なのは人知を超えた存在――超越した者オーバーロードだけ。


 彼ら、ダンジョン・マスターを人は『魔王』と呼んだ。




 フォルカスもそんな『魔王』と呼ばれた者の一人である。

 彼は常に不機嫌そうな表情をしていた。

 本当に不機嫌な訳ではない。

 自然とそう言った厳めしい顔になってしまうだけなのだ。

 目つきもお世辞にもいいものではなく、まるで睨みつけるようだった。


 見た目も芳しいものとは言えない。

 ただ伸ばせるに任せたぼさぼさの白髪と優に胸にまで届く長い顎髭。

 薄汚れて、そうなっただけとしか思えない濃い灰色のローブ。

 どれをとっても好意的に見られる要素が一つもなかった。


 そして、右手には鋭い穂先が目にも恐ろしい槍を握っている。

 正式な名はロンゴミアント。

 偉大なる王が手にすると予言された聖なる槍である。


 しかし、このフォルカス。

 見た目はさることながら、性残忍にして邪悪を好む輩ではなかった。

 むしろ、善良な質の持ち主ですらあった。

 ただし、マニュアルを重視する性格だったのが災いした。


 フォルカスはある日、己が造ったダンジョンをより完全な物にしようと試行錯誤した末にある結論に辿り着いてしまったのだ。

 彼はダンジョンを中心とした街作りを周囲の村落に提案した。

 当時、その一帯は過疎化が進み、寂れていく一方の寒村しかなかった。

 貴重な資源を提供可能なダンジョンを町の中心に置き、ダンジョンを目当てにやってくる冒険者をもてなす『迷宮都市』として、共に歩むべきではないかと提案したのである。


 フォルカスの申し出に断る理由もなかった村々はその計画に乗っかることを決めた。

 かくして『迷宮都市』が誕生した。

 初めこそ、うら寂しさが漂うしけた観光名所としか見えなかった『迷宮都市』だったが、より良くする為に努力を惜しまないフォルカスの尽力もあって、徐々に活況へと繋がっていく。


 いつしか世界でも屈指の冒険者が集う大きな町となった『迷宮都市』だったが、その間に長い年月が流れ、当初の理念が失われていった。

 誠に惜しむべきことである。

 そして、『迷宮都市』の『大迷宮』の奥深くに潜む邪悪な魔王を倒す機運が高まる。




「魔王、悪行もこれまでだ。覚悟しろ」


 フォルカスは『魔王』の謁見の間と呼ぶにはあまりにも貧相な一室でと対峙していた。

 彼にはどうして、こうなったのかがさっぱり、分からない。

 よりよいダンジョンを造ろう。

 人々が暮らしやすい街づくりをしよう。

 そう心掛けながら、ただ邁進してきただけに過ぎなかったからだ。


「よくぞ来た、勇者よ。我を倒せるものか、愚か者めが」


 フォルカスはマニュアルに沿って、仰々しく勇者の一行を迎える。

 なぜなら、マニュアルにそう記してあったからだ。

 このことを仲間が知れば、「あなたは馬鹿真面目すぎるのよ」と匙を投げられたに違いない。


 『勇者』と『魔王』の戦いは傍目には実に愚かしい三文芝居にしか見えない代物だった。

 明らかに手加減しているとしか思えない手を抜いた動きのフォルカスに比べたら、気持ちだけで全く実力が伴っていない勇者達の動きは児戯に等しいものだった。

 しかし、フォルカスはマニュアルを裏切らない。


 だから、彼は稚拙な動きで振り上げられた勇者の剣がスローモーションのように己に襲い掛かって来るのを敢えて、避けなかった。

 如何になまくらな剣といえども渾身の力で斬られれば、大怪我では済まない。

 ましてやこの『勇者』の持っていた剣。

 単なるなまくらではなく、それなりに名の通った剣だった。

 フォルカスは避けることもしなければ、身を守る防御魔法も一切、張っていない。


 まともに一刀を浴びたフォルカスは血飛沫を上げながら、どうと倒れ伏した。

 マニュアル通りにやり遂げた満足感で薄っすらと笑みを浮かべながら……。


 こうして『魔王』は倒され、平和が訪れたのである。

 ……などということはなかった。

 ダンジョンのコアである『魔王』を失った『大迷宮』はゆっくりとしかし、確実に瓦解していき、やがて消失した。

 ダンジョンから産出される資源を狙った冒険者が集い、成り立っていた『迷宮都市』はその存在意義を失ったのである。

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