参捨肆 豪傑ノウス
コーネリアスとヤンも同様に
ぴりぴりと肌で感じる殺気にも似た感覚は二人がこれまでに味わったことがないものだったが転生者は一度、
それが幸いしたのか、二人は気を失うこともなければ、呆然自失ともならなかった。
さすがにけろっとした顔をしている訳にはいかず、冷や汗が伝うのは避けられない。
それでも自我を保ち、平然と二本の足で立っていられるだけでも大したものだ。
「ほう。どうやら口だけではないでござるケロ。ゲゲゲロゲロ」
ノウスは大きな口を僅かに歪めると地の底から響くような低い声で笑い声ともつかぬ奇怪な声を上げた。
この不気味な様にここまでどうにか正気を保っていた普通の人間は、緊張の糸が切れ気を失った。
大惨事である。
「さすがは我らの親父殿が見込んだ豪傑。是非にでも御足労を願いたいところだが、そう簡単に頷いては貰えそうにないかな」
「であるなら、お帰り願うでござるケロ」
「あんだと! てめえ!」
少年二人組はノウスの威圧もどこ吹く風と言わんばかりに平然としている。
コーネリアスはどちらも相当な手練れ、剛の者であると見抜いた。
彼は「厄介事に巻き込まれたな」と確信しながらも乗り掛かった舟で降りる訳にはいかぬと妙なところで意固地になる。
ストンパディの家の者は変に頑固者が多いのだ。
「生憎、拙者はお主らの主のような者が嫌いでござるケロ。ゆえにお主らと共に行くことはないケロ」
「それは困るな。親父殿からは貴殿を是が非でも迎え入れたいとの仰せでね」
「そういうことだ。てめえの首に縄引っかけてでも連れて行かねえと親父殿に叱られるんだ。覚悟しやがれ」
一触即発の空気が漂う。
不用意にどちらかが動けば、取り返しのつかない事態に陥ると素人目にも分かる状況だった。
この状況下で「はて?」とコーネリアスは首を捻った。
これは一体、どういう状況なのかと必死に記憶の糸を辿る。
これといって、いい答えが見つからない。
「ヤン。この状況をどう思う?」
「う~ん。コウ兄さんが十七歳だから……三成は秀吉に小姓として、仕えた頃だよね?」
「そうだ。小姓時代に何か、あったかな?」
「何か、エピソードがあったんじゃないの? 兄さん、早く思い出してよ」
「そう言われてもなぁ」
光汰だった時、読んだ『七本槍の功罪』には不明な点の多い若き日の石田三成――彼がまだ少年に近い年齢で小姓を務めていた頃の逸話がいくつか収録されていた。
三成が身を固めたのも現在のコーネリアスと同じくらいの年頃だった。
そして、もう一点。
こちらの逸話が重要だった。
身分がまだ小姓だった三成の家臣になった豪傑がいた。
三成は己の知行全てを与えたばかりか、立身後の夢を語り豪傑の心を掴んだのだった。
豪傑の名は渡辺新之丞。
秀吉が二万石で召し抱えようとしたばかりか、多くの大名の間でも高い評価を得た引く手あまたな剛の者だった。
ところがこの新之丞、僅か五百石で石田三成に仕えることを決めた。
五百石は当時、三成の知行全てである。
それを全て与え、なおかつ『自分が百万石を得た暁には十万石を与える』と出世払いにも似た夢物語で新之丞を口説いたのだ。
この三成の熱い思いに応え、新之丞は家臣となった。
「いや、まさか……まさかなのか?」
「兄さん、何かいいアイデアが?」
「ま、まぁ。いいアイデアとは言えないな。悪くないアイデアと言ったところか。ヤン。すまんが僕に少しくらいの勇気をくれないか」
「お安い御用だよ」
ヤンは
「ありがとう、ヤン。少し、勇気が湧いた。頑張るか……」
二人組とノウスの間には目に見えない火花を散り、今にも決壊せん勢いだった。
その場に割って入るのは並々ならぬ度胸が必要である。
コーネリアスはなけなしの勇気を振り絞り、戦場に立たんと決意した。
「あの……ちょっとよろしいですか」
火花を散らしていた三人から、ぎろりと擬音がせんばかりに睨まれ、「これは失敗だったか」と己が下した決断を後悔し始めたコーネリアスだった。
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