弐捨弐 コーネリアス動く①

 時は少々、遡り、カラノス・パストラスが床に臥せったことに戻る。


 カラノスが病に倒れたと聞いたコーネリアスは焦った。


 干した果物干し柿を喉に詰まらせ、危うく三途の川を渡りかけたことで五歳にして、前世を思い出した。

 元々、聡明な子供であり、年齢の割に落ち着いていたコーネリアスだがそれ以降、沈着冷静ぶりが子供らしからぬと評されるほどだった。

 彼が慌てる素振りを見せたことはついぞなかった。

 そのコーネリアスが焦ったのだ。


(おかしい。このような出来事はなかったと思うんだが……)


 彼が焦りを見せているのには理由がある。

 シニストラとバドとの出会いもコーネリアスのあずかり知らない未知の出来事の一つだった。

 彼自身は歴史にそれほどの影響が出ない出来事に違いないと考えていたが、実はそれは誤りである。

 確かに歴史の大きなうねりには関係なかったと言える。

 だが、コーネリアスという一人の男の人生において、小さからざるうねりに他ならない。


 それよりもコーネリアスを悩ませたのは次兄カイルの仕えたリヒテルという男だった。

 本来の歴史であれば、次兄が仕えたのは羽柴秀吉その人である。

 しかし、リヒテルと秀吉には何ら、共通点が見出せなかった。


 リヒテルとは何者なのか?

 光汰であった頃の知識をフル活用しても中々、答えを見つけられなかったコーネリアスがようやく辿り着いた恐るべき結論は信じがたいものだった。

 あまりにも光汰が知ると剥離していたからだ。

 だが、歴史的な共通点を照らし合わせるとそうとしか考えられなかった。


 リヒテル・ヘルヴァイスハイトが『本能寺の変』を起こした明智光秀と見て、間違いなかった。

 有能だが少し、陰気なところがある男といった印象を抱いていたコーネリアスにとって、リヒテルと光秀は重なり合わない部分が少なからずあった。

 リヒテルも才気煥発で有能な男である。

 そればかりか、人望もあり、おまけにかなりの美男子と言ってもいい部類だ。

 涼し気な空気を漂わせた大人の色気に溢れた男だった。


 リヒテルが誰なのかが分かれば、後は簡単である。

 その他の人物に関して、推理するのは比較的容易だった。

 デニスはリヒテルの従弟であることから、光秀の娘婿で従弟の明智秀満だと確信していた。


 リヒテルの盟友であるフランツ・デュンフルスも推察するのが容易だった。

 フランツの嫡男テオドールとリヒテルの三女ガブリエラの関係は歴史好きの光汰が知らない話ではなかった。

 盟友・細川藤孝とその嫡男・忠興。

 細川忠興の正室にして、溺愛した女性こそ、明智光秀の三女・玉――ガラシャ夫人だったからだ。


 ところがここでコーネリアスを混乱させたのは彼らが仕える王オットーの存在だった。

 これがどうにも分からなかった。


 古都と呼ばれるヴェステンエッケ。

 実質的な権力を持たない権威として、象徴的な意味合いが強い血統の王オットー。

 これらの因子から、コーネリアスがようやく、導き出した答えは正親町天皇である。

 織田信長と渡り合い、戦国時代を生き抜いた天皇だった。


 軍事的な行動を全く、起こしていない織田家と目されるエンディアも不気味だったが、『切れ者』リヒテルとフランツが仕えるオットー王もまた、得体が知れない。

 そんな中、知己となったのが西方から、落ち延びたカラノスとキリアコス主従だったのである。


 パストラスは何家なのか?

 キリアコスが何者であるのか?

 推察しやすい因子が多く、コーネリアスはすぐに答えに行き着いた。

 この時期に西国で滅亡した家は数あれど、再興を画策し、幾度も軍を起こした者はそういない。

 鮮烈な生き様で戦国の世を駆け抜けた驍将・山中鹿之助幸盛しか、該当する者がいなかったからだ。

 天正四1576年に尼子再興を掲げ、行われた毛利家への反攻作戦第二次尼子再興戦が失敗し、京の都へと鹿之助が上がった時期と合致する。


「それでカラノスさんですが……」

「よく分からん。としか、言いようがねえな」


 コーネリアスの問い掛けにキリアコスは普段通り、泰然自若としたていを崩さなかった。

 山中鹿之助は恵まれた体格と人並み外れた膂力で知られ、槍働きを持って、尼子十勇士を引っ張った抜きんでた存在だ。

 尼子十勇士と名付けられているものの実質、”山中鹿之助とその他、愉快な仲間達”と言えなくもない。

 その為、武勇の面が強調されがちだが、腹芸の出来る帷幕の臣としての一面があった。

 コーネリアスに対して、一種の警戒心を抱いたがゆえの反応と言っていいだろう。


「どういった症状が出ているんですか?」


 コーネリアスは十六といえどもブラックな職場で八年余りを過ごした経験を持つ。

 キリアコスの態度に見るからに不自然さは見受けられなかったが、呆気なく察した。

 質問を少しばかり、変えることでこれを打開出来るとコーネリアスは判断した。


「……ふむ。まあ。あれだ。妙な症状さ」


 僅かな逡巡でコーネリアスへの見方を変えたキリアコスもまた、見事だった。

 キリアコスはいつもの調子でぽつぽつと語り始める。

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